玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


おんのじ

  1. 2016/12/28(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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人の命のはかなさや 危うさを痛感した今年

何気なく暮らせる一日や 
生きていられるありがたさが 身に沁みる年の瀬である

来年はどんな年になるのだろう
この手帳に どんなことを 書いてゆくのだろう

ふと 浮かんだ 一文字は 「穏(おん)」

お転婆な私のことだ ご隠居さんの様な静かな暮らしは出来ないだろうが

たとえ忙しくても 
少しは 追われるような スケジュールがあったとしても

心に大きく 墨色くっきり 
「穏」の字が書ける 穏やかな一日一日で ありたいと思う

今年の一文字 ならぬ 来年の一文字
もう 先走っている 気はするが 
希望や 目標が湧いてくるのだから 「御の字」である
沢山の あなたに そして私に 良い年が来ますように
 


縁運勘人(えん うん カン じん)

  1. 2016/12/21(水) 10:07:39|
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 「縁やなぁ~」と友達が言った
 そのあとで ありがとう とも言われた
この四文字 ハイヒールモモコ さんの くちぐせだそうだ

縁があるから 知り合う
運があるから いい人と繋がっていける
そこからは 自分の勘で あわんなぁ~と感じたら 自分の勘を信じて離れてゆく そしたら 自分にあう人が 残って 人生が楽しくなる

そんなことをさらりと言うが 縁も運も勘も 何もせずに身につくわけもなく
人知れず 努力も我慢も あってこそ 強くなる勘であり 巡ってくる運であり 結ばれてゆく縁だろう

と言いつつ我が身を振り返れば たいして努力もせず 我慢もせず 
沢山の人に巡り合い いいご縁をいただき 切られもせずに大切にしてもらっている ありがたすぎる身の上だ

今年も残すところ あと10日 今から努力は間に合わないが
友達みたいにカッコよく 「縁やなぁ~と」呟いて ありがとね と今年を締めくくりたいものだ




せりなべ

  1. 2016/12/14(水) 07:58:51|
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 叔母の介護に明け暮れ、自分の体調不良も経験し、たくさんのお友達にも仕事の面でも不義理を重ねた1年7か月。めまぐるしく世の中は変わり、テレビ番組やCMを見ても、登場人物が俳優なのか、お笑い芸人なのか、普通の人なのか区別もつかない。流行語大賞に至っては、へぇ~と、驚くどころか、初めて見聞きする言葉さえあるのだ。

 へぇ~のひとつに、宮城の郷土料理せりなべも入る。いつ何時、病院から呼び出しがあるかもしれないとの思いから、酒も休み、外食も控えていたあいだに、巷では、せりなべを出す店が増え、きりたんぽのように、専用のスープまで売りだされているのだそうだ。

 そんな郷土料理があったことも知らず、そもそも塩味なのか、醤油味なのか、具材はセリの他に何が入るのかもわからない私が、せりなべうんぬんするのはおこがましいが、ここまで浦島花子になれば、新しい流行を生み出す社会に興味がわいてくる。どんな人が仕掛け人になって、どんな戦略で、専用スープをメーカーに作らせるまでの事業を成立させたのだろう。

せりなべだけではない。社会とのつながりが薄かった期間にすでに消えたもの、私がまだその存在を知らないもの、何も変わらず私を受け入れてくれる人々、支え続けてくれた人々、今度はこっちを向いてと信号を発し続ける愛犬、愛馬、もろもろ、もろもろ、あらためて感謝しなければならないことも、捨ててもいいものも、じっくり振り返ろうとおもう。

 1年7か月、舅、姑の介護よりはずっと短いが、気力体力が充実していたころの数年より、このたびの1年7か月は重かった。寂しさも悲しみもまだ深い。叔母は逝ってしまったが、私にはまだこの世での時間が残されている。きっと、せりなべ同様、未知の世界があるに違いない。





守り神様

  1. 2016/12/07(水) 09:47:02|
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11月6日 早朝 裏門が開く音で目覚め 外に出た
しっかりと閉まっているのに と不思議に思った時
叔母 睦子が亡くなったことを知らせる電話が鳴った

葬儀の日 突然腕時計が止まったり 
思いがけない人から叔母の消息を尋ねられたり 
驚くやら 首をかしげるやら

いずれにしても 長い入院だった
叔母は私が見舞うたび 話も沢山し 
先行きのことも言い遺しておだやかに 旅立って行った

家庭の事情もあって 嫁ぐこともなく
小さかった私の世話に 明け暮れて
私には 沢山の愛情と思い出を残してくれた
私のことなど構わずに生きられたら 違った人生があっただろうに
泰然と美しく 孤高の人であり 母より母のような人だった

それにしても あの 門の開く音は何だったのだろう
叔母は最後に 私に会いに来たのだろうか

もう誰も住む人が居なくなった実家で 悄然とする私に 友達が言った
「守り神様が またひとり 増えましたね」と

優しくて 温かくて 毅然として 我も強く 最強の守り神様に違いない





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