玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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はじまる

  1. 2016/03/30(水) 10:56:47|
  2. 週刊「玉能回路」
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 いよいよ陽ざしも春のそれになった。草はぐんぐん伸び、木々も芽を待ってましたと言わんばかりの勢いで膨らましている。3.11が過ぎ、役所勤めの友人たちは異動先も決まり、子供や学生はそれぞれ入学式を待つばかりだ。

 自分の暮らしに大きな変化があるわけでもないのに、なんだか気合いが入る。始まるのだなぁ、と心が動く。

その昔、ギターを抱えた友人が新作を聞かせてくれたことがあった。歌いだしだったのか、サビの部分だったか忘れたが、「春なのにぃ~。僕ぅ~は」という一節が今も耳に残っている。

音楽の楽曲解説を書き始めた駆け出しのころ、「希望に満ち溢れる春」と原稿に書いて却下されたこともあった。春は喜びではなく、出会いと別れの切ない季節なのだというクライアントの一言で、すべて書き直し。切ないと思えない私は数行すらも書けずに呻吟した。

この私、三つ子の魂百までなのか、すこぶるシンプルな思考回路なのか、今もって春は始動の時であり、晴れても、曇っても、風が砂埃を舞上げようが、春は、前向き。なんだか頑張りたくてたまらない、気合いの季節だ。

四月一日。叔母が倒れて一年になる。こちらもこつこつ、あるがままを、あるがままに受け止めて、寄り添って行こうと思う。始まる。私の大好きな春が始まる。





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桜桃の花

  1. 2016/03/23(水) 06:37:33|
  2. 週刊「玉能回路」
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数日前、庭で嬉しい発見があった。枯れたとばかり思っていた、いやたまたま暮れの挨拶に来た、かつて庭師にまで、もうだめだと言われていた、桜桃の枝に膨らみかけた蕾を見つけたのである。

震災で家の建て直しを余儀なくされた時、庭木も随分と切られてしまった。かつて父があれこれ買い求めては植え、いつのまにか鬱蒼となっていた庭なものだから、地下では根と根が絡み合い、結果、樹勢も弱めていたのだと思う。掘り起こすリスク、移植を繰り返すリスク、加えて父の素人剪定で直しようもなく自由な枝ぶりの樹もトリアージュの対象だ。

 松も楓も、大きな花で楽しませてくれたモクレンも、雪囲いが似あっていたヒバも、さざんかや、どうだん躑躅も、あれよあれよという間に焚き木のように伐られていった。

 桜桃は新築なった我が家に、鉢植えとなって帰って来た。直径5センチほどの幹の太さは変わらないが、丈も枝もつめられて、ずいぶんと小さくなって帰って来た。1~2年、葉は茂ったが、花は咲かなかった。そうこうしているうちに立ちがれて、芽も吹かなくなった。替わりに脇からひょろひょろと枝が伸び、去年も葉っぱだけを茂らせた。庭師は春になったら、引っこ抜いいて新たな樹をと言って帰ったが、
桜桃は聞いていたのだろうか。

 もし花芽がついたとしても、先祖がえりとかで、サクランボは成らず、ただの桜になってしまうと庭師は言うが、さてどうだろう。樹の下で、揺れるサクランボを見上げて、欲しい欲しいと吠えていた愛犬ハンナと、犬などものともせずにサクランボを狙うヒヨドリとの春のバトルは再び見られるのだろうか。

 猫の額の庭に、楽しみな春がやってきた。



 


すごろく

  1. 2016/03/16(水) 09:31:08|
  2. 週刊「玉能回路」
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 何年も風邪もひいたことのない私が、節分のころ、ひどい風邪にやられて、高熱が続いた。冷やしても、病院の薬を飲んでもなかなか下がらなかった。ようやく平熱に戻っても、体力の消耗があれこれ悪さをして、どうにもパワーが出ない。消化能力も落ちているように思うし、冷えるとすぐにも風邪を引きそうな怖さがある。これまで気にもしなかったスケジュールのハードさも、少し加減しようかと、弱気になる。

 「歳だよ、歳」という人もいれば「ようやく人並みになったんだよ」とか「たまにはペースダウンしてもらわないと」という声もある。これまでなら、一蹴するところだが、今回ばかりは、人並みって何だろうとか、無理のないペースとはとか、もちろん歳についても、じっくり考えることになった。

 ふと、子供のころに遊んだ絵すごろくが浮かんできた。「一回休み」「5個戻る」そして恐ろしき一言「振り出しにもどる」。さらには人より遅れて悔しがったり、誰かに先に上がられて地団駄踏んだ自分の姿もである。そして考えた。すごろくは単純に一喜一憂するだけで良かったのだろうか。

 すごろくは、運だめしのようなものであって、知恵を働かせたところで、サイコロの目が良くなるわけでもなく、必ず誰かが、戻されたり、休まされたりするゲームだ。戻ることや休まされることが不運と思いこまされていて、上がることだけが目的のゲームだ。

 日常に置き換えよう。ここで休んだからこそ、助けられた。とか、原点に戻って考えて、新たな道が見つかったとか、あるがままを受け入れて気持ちが楽になったとか、すごろくの上りとは真逆のことが連綿と続くのが日常ではないだろうか。

 風邪癒えて、元気すぎるほど元気になれば、また限界を忘れて飛びまわるのは目に見えているが、今は、体力の無さも、少し用心のスケジュールも、次のための何か必要なペースダウンと考えて、日常の楽しみ方を変えてみようと思う。「果報は寝て待て!一回休み」「戻るも価値、五個戻り」「振り出しに戻れる幸せ、再スタート!」

 この楽しさ、この深さ、子供のころに発見したかったと、つくづく思う。



チームF(6年めへ)

  1. 2016/03/09(水) 05:35:41|
  2. 週刊「玉能回路」
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私がお世話役を務めている「チーム富士丸@仙台窓口」という名前の、東日本大震災、被災動物救援活動は震災から間もなく5年となる今もその活動を継続させている。

 スーパースター犬、富士丸の父ちゃんこと穴澤賢(あなざわまさる)氏の呼びかけで始まったこの支援活動は、全国の富士丸ファンや、動物に深い愛情を持つ方々に物心両面で支えられ、被災地の獣医師やボランティアさんともタッグを組み、自画自賛したいほどスムーズに、手厚く、その救済活動を続けてきた。

「動物もみんな年をとったなぁ」それが震災4年目の去年、私が感じた被災地の今だった。そしてこの一年のあいだに、あらたに、たくさんのわんにゃんを見送った。消化の良いフードをお届けしたり、ハーブの処方で体調管理のお手伝いをしたり、様々な介護用品を貸し出したり、工夫ややり繰りの常だが、少しもストレスにならず、苦労とも思わずに続けてこられたのは、穴沢流の何ともゆる~いスタンスと、見守って下さるたくさんの方がいるという心強さのお蔭だと思う。

 震災5年を区切りに、様々な支援活動が縮小されたり、打ち切られたり、5年を待たずに消滅したボランティアグループも数多くある。が、チーム富士丸は今少し、あの震災で怖い思いをしたわんにゃんたちの老後に寄り添いながら、これまで通りの活動を続けていこうと思う。

 もうやめたのですか?とか、今何をしているのかさっぱり情報が無いと、お叱りをいただいたりもするが、ゆるゆるのご報告でお許しをいただきながら、東にはらっぺらしの猫がいれば、行って満腹ご飯をたべさせ、西に死にそうな子がいれば、怖くないよ、頑張ったねと褒め、北に寒いという老犬がいれば、お洋服を届け、といった塩梅で、チーム富士丸は、頑張ります。

 私たちへの頑張れメッセージも、わんにゃんへの励ましのお手紙も、楽しみにしています。もちろん、もふもふ基金も、柔らかジャーキーも、変わらずご支援いただければ、にゃによりだわん。







記念講演

  1. 2016/03/02(水) 09:26:16|
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 今年も、仙台第一高等学校の卒業式に来賓として招かれ、式典のあとの記念講演会も聞かせていただいた。記念講演の講師はこの高校の卒業生で第一線で活躍する先輩が毎年引き受けて下さるのだが、今回は電気自動車の開発を手掛け、人の暮らしと、環境と、地球の未来に壮大な夢を描き、着々と実用化させている、慶応大学名誉教授、清水浩氏がお話をして下さった。

 演題が実に興味深い「やりたいこと、やるべきこと、やっていることを一致させることが人生の幸せ」という長いものだが、言い得て妙。演題だけで強くメッセージが伝わり、自分に置き換えることもたやすくなる。

 スライド画面には、自動運転の車が登場して事故や渋滞を回避する様子が実際の電気自動車の動画で現れ、免許を持たない高齢者がスクーターくらいの自動運転の車に乗ったまま医療機関の診察を受ける様子、箱モノを必要とせず、車で集う未来の会議や卒業式の様子、などなど夢のようなイラストが続いて登場して、見る者を惹きつける。電気自動車の開発の歴史や、問題点、これからクリアしなければならない実用化への課題、などなど難しいお話も続くが、聞き手の頭の中には最初に演題の、やりたいこと、やるべきこと云々が刷りこまれているので、今は何を話そうとされているのかが、実にわかりやすい。卒業生たちも微動だにせずに演者を見つめ、空気が張りつめている。

 私はお話を聞きながら、乗馬クラブの若い二人の友人、YちゃんとS君のことを思っていた。同じく昨日、高校の卒業証書を手にしたであろう彼らは、自分のやりたいこととして、馬にかかわる仕事を選んだ。やるべきことは見えていても、彼らの予想を超えるほどあるに違いなく、自分のやっていることに手ごたえを感じるまでにはまだまだ多くの年数が必要なのだと思う。が、やりたいこと、やるべきこと、やっていることが一致する先には、確実に人生の幸せがある、と私も思う。

 二人の笑顔が浮かんでくる。二人ともじつに爽やかに「ありがとうございます」を口にできる子たちだ。その謙虚な姿勢と心のこもった挨拶は、険しい高い山を登る時のピッケルになり、見知らぬ世界に飛び立つ時のパスポートになるに違いない。私は、Yちゃん頑張れ、S君頑張れ、と心の中で叫ばずにはいられないほど、高揚した気持ちになっていた。そして、新社会人ではないけれど、私もまだまだ頑張れそうな元気を貰って帰って来た。





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