玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


東京日和

  1. 2016/01/27(水) 10:28:13|
  2. 週刊「玉能回路」
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 いまや、人生の中で仙台での暮らしが一番長くなったが、東京で生まれ育った私は、ご先祖様参りという大事なお役目があってたびたび上京をする。そしてお参りのついでに、東京時間を満喫する。

 ずっと以前は、とにかく映画を見た。東京でしかかからない映画をはしごして、映画の合間にご飯を食べているような時期もあった。友をさそって映画談義に熱くなった時期もあった。銀座周辺の小さな映画館が一つ閉じ、二つ閉じ、見たい映画が次第に少なくなって、映画館巡りは減って行った。

 映画の代わりに、友達を誘って食事に出かけた時期もあった。昼に一人、夕方から一人、仙台行きの最終新幹線ぎりぎりまで、食べる、呑む、話し続ける。震災後に無事をよろこびあえたのも嬉しかった。母を見送った淋しさを温かく包んでもらえたのもありがたかった。東京の季節感や東京の空気感、生まれ故郷の懐かしさが私の心を柔らかくした。

 そして最近は、全身を耳にして私の帰宅を待つ老愛犬のために、東京とんぼ帰りが増えてきた。あとひと駅先に行けば買える豆大福も、あと10分歩けばたどり着くせんべいやも、麩饅頭も、会いたい人の笑顔も、美術展のポスターも、今は目をつぶって帰路に着く。

 「振り返れば一本道」を、ふと思いだした。これから先のことは何一つ予測もつかないし、相変わらず、右に行こうか左にしようか迷うことだろうが、来し方を振り返れば、険しかった道も、迷い道も、平たんすぎるほど平たんだった道も、一本道。広重の絵を解説して下さった方にお習いした言葉だ。

 私の東京は、これからどんな時間を私にくれるのだろう。ねぇハンナ、もうすぐ谷中では梅が咲くよ、日向ぼっこの猫たちが、顔を空にむけて鼻をひくひくさせるくらい、いいにおいだよ。愛犬は話が分かるかのように目を細める。




 




花が咲く

  1. 2016/01/20(水) 09:05:39|
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 暖冬のせいで、冬囲いの時期を見誤り、玄関前で枯れそうになっていたブーゲンビリアの小さな鉢は、予想通りすべての葉を落として丸坊主になった。生きているのかどうかもわからない茎が、針金で支柱に止められている。そのさまが原爆ドームのように見え、痛々しさは一層である。

 年の初め、その茎に小さな芽が吹き始めた。一ミリ、二ミリ、と日に日に大きく、多くなってゆく。愛おしくてたまらない。五ミリ、六ミリとなった頃、葉っぱの先に花芽もそれとわかるようになった。南国のあでやかな赤ではなく、可憐な薄白のブーゲンビリアである。ますます愛おしい。

 部屋の温かさを春と勘違いしてしまった花鉢は、本当の春も、夏もずっと咲き続けるのだから、疲れてしまうのではないだろうか、と案じながら、今は親指の爪くらいの大きさになった花たちを、偉い偉いと褒めたり励ましたりする。

 ふと、幾人かの顔が浮かんだ。花はこんなにも素直に褒められるのに、人は褒めていただろうか。愛おしいと思ってあげられただろうか。子育てはもうやり直しはきかないなぁと思いながら、小さかった頃の子供たちの顔、長い闘病だった親たちの顔、家族の一員だった猫の顔、いつも私を支えてくれる仕事の仲間、次々と浮かんできて、一人一人の顔が私に笑顔を向けてくる。

 一ミリの新芽に、凄いねと感嘆したこと。五ミリの花芽にありがとう、偉いねと思わずかけた声、もっと人にも目を向け、声を発しなければ。自分のことばかり「褒められて伸びるタイプです」と言わずに、である。









お尋ね者

  1. 2016/01/13(水) 09:25:30|
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 送受信が出来ずにいたパソコンがようやく復活した。結論から言えば、ウイルス対策のソフトが何らかの原因で悪さをして、メイルの送受信をストップしてしまったのだ。受信箱画面に不気味に並ぶ封筒のマーク。だが内容も文字も一切表示されず、日に日に読めないメイルの数が増えてゆく、そうこうしているうちにこのパソコンは危険な状態だと警告が始まった。

 運悪く年末年始、プロバイダーもウイルス対策ソフトのサービスカウンターも電話が通じないほど混雑が続いていた。試行錯誤、暗中模索、悪戦苦闘、ストレスのたまる作業は何の成果も見つけられないまま、一日過ぎ、三日過ぎ、十日過ぎ、ついにはお手あげである。

 今回、私と私のパソコンを救ってくれたのは、同じような症状を回復させてネット上に懇切丁寧に公開した見ず知らずの人であり、そのような事例を扱うページがあることを知らせてくれた友人である。

 サクサクと魔法のように復元する画面を見ながら、もっと早く尋ねるべきだったと、後悔しきり。聞くこと、教えを乞うことの大切さを痛感した次第である。思い返せば昨年一年だけでも「あぁ事前に聞いておけば良かった」と思うことは少なからずあったのに、なんとなく無事通り越せたり、たまたまうまくいった偶然に甘んじたことは多かったはずだ。

 安全に送受信をすることは可能になったが、文字表記のできなかったメイルまでは復元できず、さらに手痛いことには、住所録がまだ開けずにいる。ここからはあらゆる手段を講じて、仕事への支障を最小限に食い止めるべく、アドレスの再確認や打ち込み作業、そして何より、自分自身の「心構え」の再構築だ。

 何でもやってみよう、出来るかもしれないなどと、過信せず、覚えるスピードより忘れるスピードはますます速くなることも念頭に置いて、今年の目標は「お尋ね者」何でも尋ねよう。教えていただこう。「お友達、お知り合いの皆皆さま、隅から隅までずずずぃ~っと、御願いたてまつりまするぅ」









新年早々

  1. 2016/01/06(水) 10:03:54|
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