玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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夜明け前

  1. 2015/12/30(水) 08:25:41|
  2. 週刊「玉能回路」
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 新年を迎えるにあたり、何かが始まりそうな予感がするこの頃である。

 被災動物の支援を続けてきたチーム富士丸の活動も、3月で丸5年となる。災害公営住宅がしだいに出来上がり、動物と暮らす方々専用棟での「ペットの会発会式」も行われるようになってきた。これまでかかわってきた、仮設住宅のわんにゃんもいよいよマイホームでの暮らしである。元気でお引っ越しの子もいれば、完成を待てずに旅立った老犬もいる。人にとっても長い5年は、犬猫にとっては何倍にもなる。介護期に入った動物たちも少なくない。チーム富士丸も中途半端な終わり方をするわけにはいかないが、「終わりよければすべて良し」と、するべく、総括の3月を迎えることになる。

 ありがたいことに生きる力を取り戻してくれた叔母は24時間続いていた点滴も外され、今日もパン弁当の到着を楽しみにしてくれている。が、長い入院で弱った足腰はいかんともしがたい。寝たきりとなった彼女のQOLをどう支えるか、これも課題だ。

 なぜか、ホタテ貝だけに反応して、外食や中食の機会を極端に狭めている私の食物アレルギーも、ついに緊急対策のエピペンと呼ばれる薬液入りの注射器を持ち歩くまでになった。が、お守りを持ち歩けるようになって、こんなにも安心感が生まれるとは思いもしなかった。バックの中にウルトラマンがいるような気分である。

 悲しいお見送りもあったが、あらたな出会いにも恵まれた一年だった。来年もきっと、また新たな出会い、新たな出来事、新たな進展が待ち受けているに違いない。名入りカレンダーを持って暮れの挨拶にきた庭師が、空き空間をさしてこう言った「ここに一本、何かを植えて、木陰をつくりましょう」木陰の役目、効能、蘊蓄を聞きながら、そうか心の中にも一つ木陰を作ればいいのか、と気がついた。

 寄りかかったり、日差しからも、強風からも、にわか雨からも身を守れる背丈と広がりのある樹だ。シニア犬とシニア馬と、家族と友達も、そして何より自分自身が、ちょいとひとやすみできる木陰があれば、新しい出来事にも、今年やり残したことにも、もう少し挑戦していけそうな気がするのである。

 大掃除も、おせちの準備もまだまだだが、気分は夜明け前。「新年さん、いらっしゃ~い」

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年齢忘れ(としわすれ)

  1. 2015/12/23(水) 05:51:01|
  2. 週刊「玉能回路」
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 ある、ある。よくあるわよ。と慰めてもらうことがよくある。平気平気、普通よ、それくらい。と元気づけてもらうこともある。たとえば、冷蔵庫の扉をあけて、はて何を取ろうとしたか思いだせない時。洗濯機を回したつもりなのにスイッチが入っていなかった時。鞄に入れたつもりの書類が、かけたつもりの腕時計が、置いたはずのカギが、手袋が、さっき書いたメモが、と探し回る。これくらいならまだ笑って話せた。が、今週、マズイぞ、と思うことが続いた。

 スーパーのレジで財布を出したときに、バックの中の布袋、いわゆるバッグインバッグを落とした。運悪く銀行帰り、通帳もカードも、現金もみんなその中である。右手にレジ籠、ショルダーバッグを肩にかけ、左手で財布を出した。布袋の持ち手がひっかかったのかもしれない。財布を取りだして軽くなった布袋は音もたてずに落ちた。そして見えにくいレジカウンタの下にスライディング。

運が良かったのは私のすぐ後ろに友人がいてくれたことだ。数年前の交通事故の後遺症で、長時間、重いものが持てない私は、買い物には必ず誰かと行く。会計のぎりぎりまで籠を持ってくれた友人が眼の端で動くものを捉えた。

これらのものを知らずにばらまいて帰って来ていたら、どうなっていただろう。想像するだにおそろしい。注意力の欠落、危機管理能力の衰え、これはマズイ。平静を装ってみたものの、実はかなりへこんでいた。

相当に気を付けて、点検確認ダメ押しをして、などと決意をした数日後、ある会合の司会者席に、時計代わりの携帯電話、原稿やペンを置いたまま、さっさと帰って来てしまった。留守のハンナを案じて急いでいたわけでもない。誰かに急かされたわけでもない。勿論酔うほど飲んでいたわけでもない。ただすっぽり、原稿や資料や携帯のことを忘れていたのである。ありがたいことに、大事には至らなかったが、個人情報満載の書類も携帯も、これまた紛失していたらどれほど大変なことになっていただろう。

 二度も続くとへこみ方も半端ではない。が、家事も仕事も子育ても、何事も手際よく、颯爽と、疲れ知らずでバリバリとこなしていたころの記憶を、少し修正しなければ、読みを間違える。被害やご迷惑を辛くも防げた今回の出来事は、今年最大の教訓となった。年齢(とし)は忘れてはならないのである。


猫生色々(にゃんせいいろいろ)

  1. 2015/12/16(水) 00:10:48|
  2. 週刊「玉能回路」
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縁あって我が家の隣家に貰われてきた、美猫ココには、生後2か月にして波乱を予測させる出来事があった。

飼い主となった隣家のご主人は、今度はおとなしい猫がいい、が口癖であった。ココの愛くるしい瞳、柔らかで美しい毛並み、か細い鳴き声も、すぐに物陰に隠れる臆病さも、ただただ可愛らしく、ココはご主人ばかりか、家族のみんなの心をわしづかみにした。用意したのは女の子らしいピンクのタオルや布団やケージ。遊び疲れていつの間にかコロっと眠ってしまう姿は、どれほど見つめていても飽きないほどの愛おしさに溢れていた。隣家の華やぐ様子も猫の幸福も、仲介役の私には大きな喜びとなった。

 が、二日後、手違いが発覚した。これが女の子と渡されたココは実はオス。オスを貰う予定だった、友人宅の子がメス。もしやそちらがオスでは?と言われた時、ハナから女の子だと信じ込んでいた隣家では、ココの優しい顔立ちを美人さんだと褒めまくっていたのである。

 貰われてきて二晩。舐めるようにかわいがり、なついてしまった猫をいまさら取りかえることもできず、ココはそのまま隣家の猫になった。が、次第に本領発揮。ひと月もせぬうちに、やんちゃ坊主、そして半年過ぎた今は、立派なガキ大将である。迷子を案じて長いひもで繋いだり、網戸をガムテープで固定したり、庭に出さないようありとあらゆる工夫をしたにも関わらず、勇敢なココは二階の窓から立ち木に飛び移り、屋根に登り、近隣を悠々と闊歩しては、縄張りの拡張を図る毎日である。ついに昨夜は、近所中が何事かと表に飛び出すほど立派な唸り声でボス猫とケンカまでし始めたのである。

 もしも、女の子が貰われてきていたら、もしも、ココが繋がれておとなしくできる子だったら、いやいや大脱走までするほどの運動能力が無かったら、飼い主の心はもう少しおだやかだったろうか。逆に、もしココが友人宅でガキ大将になったなら、同居の老犬やハリネズミさんは、どんな思いをしただろう。

 人生色々、いや、猫生色々。きっとこれはこうなるべく猫の神様が決めてくれたことなのだとも思う。幸いなのは、隣家のココも、友人宅の女の子も愛情あふれる家族のもとで幸せなクリスマスを迎えられることだ。その神様に祈らずにはいられない、ココが道路に飛び出そうが、屋根に登ろうが、おまけに喧嘩しようが、事故なく怪我なく、そして、ココの姉妹共々、良い年を迎えられますように、と。

福あつめ

  1. 2015/12/09(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 年の瀬になって、悲しいことが相次いだ。他人様を不快なことに巻きこんでは決してならぬと、厳しく躾(しつけ)をしてきた母は、玉能回路にまで悲しいことを書いてしまっている事を、苦々しく思っていたに違いない。
 
 今年もあと二十日あまり。悲しかったことや、つらかったことは棚上げにして。楽しかったこと、ありがたかったことを、思い出して「ありがとう」の総括をしてみることにした。手掛かりは、すこし怪しい記憶と真っ黒になるほど予定の書きこまれた手帳である。

でてくる、でてくる。あんなこと。こんなこと。今年の新年や春先のことを、すっかり忘れていたり、遠い昔のよう思えるのは、老化現象だろうか。甚だ遺憾である。現象、事象を忘れるくらいだから、感謝の気持ちも、薄れてることは否めない。

 最近友達が教えてくれた、携帯のアプリ「猫あつめ」では、仮想の庭に、次々と猫があらわれて、家主が用意したカリカリを食べ、猫じゃらしやボールで遊び、その御礼に、煮干しを数匹置いていく。家主である私は煮干しを原資に、猫の喜びそうなグッズを買いたしてゆく。なんと幼いゲームだろうと思ったのは初めだけで、友達が勝手にインストールしたその「猫あつめ」が気になって仕方ない。次々現れる、白猫、黒猫、八われ、とらねこ、などなどの無邪気なじゃれぐあいに癒されるばかりか、置いて行かれた煮干しを、ありがたいと感じる自分がいる。

 ふとその猫あつめバーチャルと手帳が重なった。あの人にも、この人にも、お世話になったなぁ。いいコンサートだったなぁ。あの時は笑ったなぁ。あの手紙も、FBでのコメントも、そもそもFBで私を見つけて貰えたことも、嬉しかったなぁ。次々と煮干しで御礼をしたくなるような、記憶回生である。

 あと二十日。「猫あつめ」も、もちろんだが、「ありがとう」の総括もしてみようと思う。幾つもの笑顔が浮かんできて、何とも幸せな「福あつめ」である。




野辺送り

  1. 2015/12/02(水) 08:44:59|
  2. 週刊「玉能回路」
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 心不全で急逝した若い友人を見送った。

葬儀に向かう道。突然の訃報に茫然としていたのは事実だが、慣れているはずのJR山手線で二度も乗り過ごして行きつ戻りつした。乗り換えの私鉄では、急行に乗り込んで降りるべき駅を見失い、どんどん寺から遠くなった。来て欲しくないのだと思った。このまま仙台に戻ろうかとも思った。参列すれば、これが夢ではなく本当の事になってしまう。行かなければ、これはいつまでも夢で、などと子供じみたことを考えた。

 それでも電車を降りる喪服の人に挟まれるようにして、斎場にたどり着いた。お気に入りの、そしてとびっきり似あっていた帽子を胸に棺に納まる彼は、端正で美しく、酔いが回ってうとうとしてしまった時の表情そのままだった。

彼が50代60代を生きたら、どんな仕事をしただろう。公に告知をしなかったにも関わらず、弔問の長い長い列が続いている。吸い寄せられるように、人が現れては列に並んでいく。彼はこんなにもたくさんの人と出会い、人を繋ぎ、人のためのネットワークを作ってきたのかと驚かされた。静かに並ぶ、たくさんの人それぞれと、彼が話す場面が目に浮かぶようだった。

 彼が遺した、この繋がりから、彼亡き後も何かが生まれてゆくのだろうか。そうであって欲しいと、強く思った。同時に「玉能さんはこれから何をするの」と問われたような気もした。

 

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