玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


変化の風

  1. 2015/11/25(水) 06:23:47|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0

 「ひゃん!」背中にむけて発せられた鳴き声は、わんではなく「ひゃん」である。
振り向けば、少し赤い目をした愛犬ハンナがこちらをじっと見て、もう一度鳴こうか、どうしようか、空気を読んでいるに違いない。いつごろからだろうか、夜の9時か10時頃に、「そろそろ寝ましょうよ」と寝室からふらふらと出てきては「ひゃん」と鳴くようになった。

 もともと、甘えん坊ではあった。自己顕示欲も強く、参画意識も過剰。だが、見栄っ張りの、ええかっこしぃ。淋しいなんて言いたくないし、余震が続いた東日本大震災の一時期を除けば、一緒に寝たこともない。それが、どうしたわけか、そばに来てくれと鳴くようになった。

 愛馬ジェルボアは、前脚を洗ったり、蹄の手入れをしようとかがみこむ私の頭や肩を舐めるようになった。以前はじっとただ立っていたように思うのだが、前脚に手をかけると、それが合図かのように首をのばして、ぺろぺろ。よだれまみれにされるこちらは、「お気持ちだけで」と言いたいところだが、これは彼のボディランゲージなのだろうか。うちの子になって一年になる。

 ピアノ発表会で初めて演奏した我が愛しき弟子たちは、舞台に立つ緊張も経験し、連弾の責任も無事果たして、ほっとしたに違いないが、もう来年を見据えて、抱負を語り始めた。かわいい子たちは旅の一歩を踏み出したのだと思う。
 
 何かが少しづつ変わってゆく。中には老化もあれば、鈍化もあるが、変化を受け入れる自分が、慌てず、あせらず、泰然としていることも、変化のひとつだと感じている。怒らず、はしゃぎすぎず、けれどもどんな微風にも葉を揺らす樹のように、喜んだり、同調できたり、時に忘れられる寂しさも乗り越えられたら、どんなにいいだろう。

 いい風が吹いている。








回復傾向

  1. 2015/11/18(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 すつきり、さっぱりが好きである。壁にも、もちろん冷蔵庫にも、何も貼り付けず、が身上だが、さすがに愛犬ハンナの飲み薬だけは忘れるわけにいかず、ついに我が家の冷蔵庫は、マグネットだらけ、薬だらけになってしまった。

 最初に異変に気づいたのは9月の初めである。何だろう、むせたのだろうか。くしゃみのような、咳のような、と思いながらも、食欲もあり、散歩も機嫌よく、たいして気にもとめなかった。一週間ほどした深夜のこと、ぐふぐふと咳をして起き上がれず、目もうつろ、だが吐くわけでもなく、少しして何事もなかったかのように落ち付いた。

 翌朝、かかりつけの獣医師はすぐに迎えに来てくれ、心電図を取った。ハンナも自分に何が起きているのか、なぜ周りが大騒ぎをしているのか、不思議でもあり、大いに不安だったと思う。心電図の波形も、ドキドキの波形なのか、心不全の波形なのか区別がつけられないほどだったらしい。とは言え、そこはプロ。波形の中に現れる、小さな異常も見つけ出し、ハンナは日に一回、お薬を飲み続けることになったのである。

 ひと月、ふた月と経つて、ハンナは回復傾向。すこぶる元気である。そして今になって、なるほどそうだっのかと、思い当たることが幾つも見つかった。好きだった枕も使わず、首をまえに伸ばして不思議な格好で寝ていたこと。おもちゃやぬいぐるみで遊ばなくなったこと。散歩の時のリードの引っ張りや、やんちゃが減ったこと。犬は犬なりに自分の身体を庇っていたに違いない。

回復傾向_03回復傾向_04

 「実はうちの子も、年をとってから・・」と、検診を勧めて下さった方がいた。

そのありがたい進言を聞くことができずにいたら、もっと症状が進むまで、見つけられずにいたのかもしれない。ただただ、感謝である。

ハンナ11歳7か月。もう立派な老犬であるが、お薬やサプリでのコントロールがうまくいっているせいか、元気である。部屋のあちこちにおもちゃが散らばり、玄関のチャイムが鳴るたびに、ダッシュで出迎え、満腹満足のあとはヘソ天大の字で、高いびきである。

いつまでもいつまでも、元気でというわけにはいかないだろうが、毎日毎日、今日もやんちゃでいられますようにと、薬袋に祈る日々である。

回復傾向_01回復傾向_02


大人の顔

  1. 2015/11/11(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 宮城県民体育大会、馬術競技会が先週末に開かれた。あいにくの雨、朝のうち小ぶりだった雨は、だんだん強くなり、みるみる間に競技会場には水たまりができて行った。

大人の顔_03大人の顔_04

 私と愛馬ジェルボアも、二度目の県民大会である。馬が雨にぬれても乾かしやすいように、短く毛刈りもし、雨よけの運動用カバーシート、馬の身体を冷やさないようにする毛布、と、準備万端である。が、雨の勢いは増す一方、飛越競技を終えて厩舎にもどってくる他の馬も選手も泥だらけだ。

 そんな時、先生に声をかけていただいた。「玉能さん様子見をしましょう、無理させないように」と。はいと返事はしたが、その時の先生と私との間には大きな解釈の違いが有ったように思う。無理をさせないよう、タイムを気にせずゆっくりでもコースを回ろうと考える私と、無理をせず棄権も頭に入れて馬場の様子を見ようとする先生。出るつもりの私と出さないつもりの先生と、真逆である。私はなんと頓珍漢な返事をしたのだろう。ゆっくり云々と私が答えた時の先生の驚いた表情を見て、すべてを察知した。

 競技生活の長かったジェルボアは、たとえ雨だろうが、馬場が水濠障害のようになろうが、走るに違いない。いかに小回りをして、タイムロスを無くすか、大きな体をねじって、次の目標に向かうに違いない。田んぼのようなぬかるみで、もし滑ったら、怪我をさせたら、シニア馬の彼の命取りになりかねない。それを一番に考えてやれなかった自分は何と情けないのだろう。結局その日の競技は棄権することとした。ジェルボアはいつまでもお呼びもかからず、馬着も脱ぐことなく、また馬運車に乗って厩舎に帰ることになった。すこし不満げで、バナナで誘っても振り返りもしなかったが、彼にとっても私にとっても、素晴らしく、正しい選択だったのだと思う。

棄権をクラブの皆さんにお伝えした時、皆が一様に、誰の判断かと聞き返した。先生だとお話した時も、誰ひとり、せっかく来たのにとも言わず、出てみればよかったのにとも言わず、みな、申し会わせたように一様。「安全が一番だから」と。

 ますます強くなる雨に打たれながら、私は自分が棄権した種目を見させてもらった。競技場にジェルボアの雄姿が見えるようだった。きっと、きっと無理をしたに違いない。いい仲間といい指導者に守られて、貴重な経験をさせていただいた。厩舎のジェルボアは一日仏頂面だったが、私自身は晴れやかな大人顔だったと思う。

大人の顔_01大人の顔_02



慶びごと

  1. 2015/11/04(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 数日前から、懇意にしている呉服屋さんのお手伝いで、成人式の記念写真前撮りのお嬢さんたちに、和服での所作をお教えする機会をいただいている。

 仕事でもアルバイトでもない、敢えて言うなら、ちょっとしたボランティア、チョボラである。お振袖の袖を踏まずに美しく座る、立つ。バックやショールをわしづかみにせずに、きれいに持つ。そんな指南をしながら、どのお嬢さんにも「小さな魔法の言葉」をかけさせていただく。

 人生の伴侶に出会う。女の子を授かる。健やかに育ち、二十歳の日を迎える。父親として、母親として、祖父母として、慶びの日を共に祝う。これは当たり前に見えて、実はとてつもなく、とてつもなく、奇跡に近いほど、大変な確率の上に成り立つことなのだと、お手伝いをさせていただきながらいつも思う。

 私が二十歳を迎えた日。祖母は母を呼んでこう言った。「着物とお襦袢の袖を重ねながら、慶び事が重なりますように、と祈ってやるのは母親の役目です。そして、もう片方のお袖を整えながら、良いご縁に添えますようにとおっしゃい」と。

 今、私は、お嬢さんたちのお袖を整えながら、ありったけの思いを込めて祈らせていただく、もちろん、おかぁ様と一緒に。「慶びごとが重なりますように」と。そんなおまじないに、へぇ~と驚く人も、感激でウルウルしてくださる方も、人それぞれだが、母娘の表情がほころぶ、その瞬間に立ち会わせていただけて、朝から立ち通し、喋りっぱなしの疲れも吹き飛ぶ、幸せのチョボラである。

 このたび成人式に臨まれる方々も、ご家族の皆さんも、ご縁あって玉能回路を見てくださる皆さんも、どうぞ「慶びごとが重なりますように」

慶びごと_01
慶びごと_02


NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY