玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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命のパン

  1. 2015/10/28(水) 09:00:00|
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 「人は自然に枯れていくのがいいと思うわ」と病床の叔母は穏やかに言った。

入院から5か月、給食の殆どを口にしなくなった叔母の命をつなぐものは点滴だけである。その点滴ですら、生きる身体を支えるには十分ではなく、このままでは一月持つかどうかと主治医には言われた、9月初めのことである。

秋の陽の差し込む病室で、私と叔母と、様々な話しをした。「身じまいはすべて済んだ」とも言われた。「渡すべきものは皆渡し終えたから」とも言われた。夢を見ているのかもしれないと思われる会話も、そうあれかしと思うことと、現実がごっちゃになっているところも、無きにしも非ずだが、実に穏やかに、淡々と、延命治療は要らないと言いきった。

少しでも食べられるといいのにと言った私に、叔母がこう言った「あなたパンを送りなさい。バターロールに生ハムを挟んで、温泉卵と、フルーツやヨーグルトは少しでいいから。お家にいた時の朝ごはんと同じでいいの。あなた送りなさい」命令形である。

あと何日、あと何回食事ができるかどうか、もしかしたら送ったところで食べられないかもしれない。それでも、院長先生も、看護師長さんも、快く宅急便でのパン弁当を許して下さった。

知恵子抄のレモン哀歌ではないが、こんなにも叔母はパンを待っていたのだろうか。あれから間もなく二か月。パン弁当は毎日毎日、叔母のもとに届き、叔母は驚くべき回復力を見せてくれている。

 弁当に添える手紙はお天気の話や、愛犬ハンナのちょっとしたエピソード、他愛もない短いものだが、書きながらも、作りながらも、祈りの気持ちと、感謝の思いは深くなるばかりである。あと一日でもいい、あと一回でもいい。おいしいと目を細めてはくれないだろうか。今日は叔母の好きな南瓜をお弁当に入れてみた。

 行ってらっしゃい!命のパン。

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楽芸の秋

  1. 2015/10/21(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 実に数年ぶりに、ピアノの門下生たちと発表会を開く。その発表会まで3週間を切った今、生徒はもちろん、私も最後の仕上げ、いや追い込み、に必死である。

 練習ぶりを見ていた何人かの元お弟子さんたちが、口々に思い出を語り始める。

そして「いいなぁ発表会」「自分のためだけに使える時間を持てたら、また弾いてみたいなぁ」「あぁ俺も出たい」「あぁその気持ちわかる」「一からやり直しかな」などなど、話は尽きるところを知らない。

 まとめれば、こうだ。子供のころは何もわからずやらされていたけれど、今になれば舞台に立つ貴重な経験をさせてもらえたこと。今なら自分からものすごく練習するだろうと思うこと。また先生と連弾してみたい。もう一度舞台に立ってみたい。などなど。

 先生冥利である。あぁ出来ることなら、いや出来るに違いない。と目の前の発表会を棚に上げて、3年くらい先なら、一曲くらい仕上げられそうだとOB,OGの発表会プランを練り始める。

 懐かしさだけの集いなら、いつでもできるに違いないが、演奏曲を持ち寄るなら、それがたとえ初心者用教則本「バイエル」の一曲だって立派なものだ。何はともあれ、舞台に立ちたいという一言に目の前に道が出来てしまった。はるか遠くに門下生発表会の看板が見える。あと3年。今から始めれば、なんとかなりそうな気がするから、音楽家のノリは怖い。まずは3週間後に心血を注いで、うまく弾けますようにと、神頼みもして。3年後の夢も膨らまそう。3年後には老眼鏡も要るかもしれないが・・・。

楽芸の秋_01


経過報告

  1. 2015/10/15(木) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 チーム富士丸は9月21日、獣医を含む9名で茨城県常総市に行ってきました。プロの写真家のように、うまいアングルでの写真は撮れませんでしたが、行かなければわからなかったことも、行けて良かったと思うことも沢山ありました。

 屋根の上で、飼い主と救助を待つ犬の姿を見てしまったからかもしれません。洗濯ネットで捕獲して、泥だらけの猫を抱きかかえてきた自衛隊員の映像を見てしまったからかもしれません。シャンプーもタオルもご飯も、自分たちが震災の時にありがたかったものが、あの子たちにも、飼い主さんたちにも必要だと、突き動かされました。

 東日本大震災の半月後に活動を開始した、被災動物救済の「チーム富士丸仙台窓口」は、まだまだ、支援の必要な人も動物も、身近にいるのですが、今回の水害の被災地の殆どが、運営上の問題から、支援物資の受付を中止、あるいは受付を断っていることを知り、協力してくれるつてを得て、たくさんの犬猫ごはん、食事ボウル、水飲みボウル、ジャーキー、やタオル類などの生活用品、少しながら支援金を持って、駆けつけました。

 ボランティアと呼べるほどの大きな力ではありませんが、もう一度、お世話役を引き受けて下さった2軒の動物病院に、ご飯と支援金を届けに行くことを決めました。ハンナもお年玉の貯金箱を割ることにしました。チョボラいやワンボラです。

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神在り月

  1. 2015/10/07(水) 09:00:00|
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  3. | コメント:0
 入院中の叔母の容態がおもわしくなかったり、愛犬ハンナまでもが心臓疾患で通院を始めたり、次から次と心さざめくことが続き、夏も秋も、私の心は乱高下。不安と疲れとで、立ち直らなければ、立ち直らなければ、と声に出して自分を励ますほど、参っていた。

 それがどうだろう、10月の声を聞いた途端、憑きものが落ちたかのように、気持ちがストンと収まった。母の三回忌を無事終えたからだろうか。ご住職のお経に身体が包まれ、心地よかったからだろうか。とにかく何かがプラス方向に回転し始めたのである。

 何も口にせず、あとひと月どうだろうかと言われた叔母は、驚異的な回復を見せ、仙台から送る毎日のサンドイッチ弁当を楽しみにしてくれるまでになった。心不全の疑いと言われ、慣れない検査や病院通いでしょげていたハンナもリードをぐいぐい引っ張るほど元気になった。

 こうなると、ただただありがたい。吹く風の冷たさも、あの酷暑の疲れを癒すかのように思えるし、人も犬もご飯を食べてくれるだけで、嬉しくてたまらない。世間では、日本中の神様が出雲大社に集まる神無月だが、心優しい神様がひとり、出雲に行きそびれて離れずにいてくれたのではないかと思うほどである。

 どんなお顔の神様だろう。丸顔だろうか、面長だろうか。そんなことを考えていたら、次々と友達やさまざまな人の顔が浮かんできた。母の顔も浮かんできた。頑張ろうと思った。出遅れの神様も出雲に行かせてやらなければとも思った。

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