玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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今年の夏

  1. 2015/08/26(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 心を平らかに保ちたいと、今年の夏ほど思ったことは無い。

そして涼風が吹き始めた今も、平らか作戦まっただ中である。



叔母の入院で空家になってしまった実家の荒れ様は、何とも表現しがたい不思議な変化であった。

わずか4か月半、管理人が風を入れてくれたり、時には掃除機までかけてくれているというのに、

思いがけないところに蜘蛛の巣があったり、今回のように大きな蟻が座敷に行列を作っていたりすると、

それだけで心がズキズキと痛み始めて、その痛む心の対処法がいつまでも見つからない。



 家を守れない自分の不甲斐なさもある。この冬の雪対策も頭が痛い。叔母の病状も思わしくない。

泣きっつらに蜂とは、こんな時の事を言うのだろうか。



こんな時こそ、自分を案じてくれている人の思いを見逃してはいけない。

警鐘を鳴らしてくれている人を遠ざけていけない。

何より自分を見失ってはいけない。平らかに、平らかに、と自分に言い聞かせる。



気が付くと空ばかり見上げている。美しいと思う時もある。すごいなぁと思う時もある。

十和田現代美術館の庭でたくましいフラワーホースを見上げた時も、力を貰った気がした。

日暮れてもまだ残る水沢の入道雲にも励まされた気がする。


あともう一歩。あともう一歩。もう少し優しく強い自分をめざしたい。


今年の夏_01今年の夏_02今年の夏_03


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東北の空

  1. 2015/08/19(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 仙台から青森まで、何年ぶりかで東北自動車道を北上した。新幹線とレンタカーで動くことが続いていた私にとって、東北道の緩やかなカーブやたくさんのトンネルや、山々の姿がとても懐かしく感じられた。

 お盆の時期だというのに大した渋滞もなく、なんとも幸運だと思ったのもつかの間、岩手のあたりから、雲行きが怪しくなり、驚くほどのスコール。前を走る車のナンバープレートどころか、テールランプも、やがて車体自体もかすむほどの雨になった。かと思えば、トンネルを抜けた途端に、焼け付くような太陽と青空、も一ひとつトンネルを抜けると霧立つ山々、まるで何分おきかに風景写真集のページをめくるような感じの変わりようである。

東北の空_02東北の空_04東北の空_03

 「晴れたり、荒れたり、凪いだり、霧に迷ったり、まるで人生の様だ」とムーミンに登場するスナフキンをまねて独りごちてみた。想像の世界が膨らむ。「何言ってんのさ、人は何時だって変わらない、変わっているのはあたりの景色だけじゃないか」と反論するのはミィに違いない。

 そうしてたどり着いた母の墓前。どなたがしてくださったのかきれいに掃き清められ盆花が供えられていた。迎え火を頼りに母やご先祖様の魂がこの世に戻って来ていたとしたら、母たちはスコールを抜け、霧を超えて会いに来た娘を見守っていたのだろうか。お掃除をして下さった方にも笑顔でこたえていたのだろうか。

 帰り道、空は一段と優しい表情を見せてくれた。絵画のような夕焼け、その夕焼けにかかる虹の橋。青森は私の生まれ故郷でもないのに、ふるさとのような優しさに溢れていた。

東北の空_01東北の空_05東北の空_06


お誕生日

  1. 2015/08/12(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 「誕生日は生んでくれた親に感謝をする日だわ」と毎年毎年言い続けていた母親も、もうこの世の人ではない。が、母の口調や声までも鮮明に思いだせるのは、幸せなことなのだと思う。

 我儘で短気で、独りよがりで泣き虫で、考え事を始めれば没頭しすぎて周りが見えず、見かけ倒しのから元気。親はどんなにかハラハラしながら私を育てたのだろう。

 母の声が聞こえるうちは、まだまだ修行が足りないと肝に銘じて、人に迷惑をかけず、少しは世の中に何らかの恩返しができるような生き方になるように、今日からまた新たな一年のスタートである。


お誕生日_01 お誕生日_02


記録写真

  1. 2015/08/05(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
記録写真_02 愛馬の写真や馬と一緒の写真が増えている。デジカメや携帯写メに残している写真も勿論だが、クラブのお仲間の皆さんが撮って下さる競技会の写真も嬉しいことにどんどん増えている。


 実は写真は嫌いだった。幼いころから「お盆に目鼻、色黒赤毛」と言われ続けた自分としては、カメラを向けられると緊張もマックス、もっと笑ってと言われるころには泣きたくなる始末。集合写真も何時も後ろ、誰かに半分隠れるような写真ばかりだ。


 引っ越し先の雪国の水が良かったのだろうか、思春期の頃には、いつのまにか色黒の色が抜け、ぺしゃんこおかっぱの頭は、扱いに困るほどの豊かな髪になった。


が、写真は変わらず苦手、家の中に写真立てを置くなど想像も出来ないほどだった。





 ところが、いまやピアノの上は写真だらけ、ビギナーズラックのリボンとともに所狭しと飾られている。この変化は何だろう。

記録写真_04

 今年6月、初めて馬との競技会に出させていただいた。わずか一分ほど、馬とコースを走り、夢中でゴールを切り、見守って下さったお仲間の皆さんに迎えられた途端、これまで感じたことのないほどの感動を味わったのである。それは次々自分の中から溢れてくる感謝の波で、あぁ生きていて良かったという実感がすこしも大袈裟だと思えぬくらい、大きな大きな感動だったのである。

 走ってくれた馬への感謝、競技会に出させていただけたことや、出られるくらいまでご指導いただけたことや、伴走までして万が一事態に備えて下さった先生への感謝。馬運車も荷物運びも、馬の世話も、移動レストランみたいなクラブランチも、拍手で迎えてくれたたくさんの笑顔も
涙が出るほどありがたかったのである。そのありがたくて、嬉しくて、たまらない表情が写真に納まっていまやピアノの上である。

 そしてもう一つ、家族への感謝の思いだ。長い年月、もう数え間違えるほど長い年月、親たちの介護の日々だった。常に誰かのために時間を割かなければならなかった年月の中で、自分のためだけに時間を使うことも、生活を楽しむことも、ましてや馬に乗ることなど、許されない状況だった。その自分が今、こんなに嬉しそうな表情で、まして馬もどうだと言わんばかり表情で写真の中に納まっている。見るたびに競技会を思いだし、馬を思い、人を思い、ありがたいという感謝の波を思いだす。お盆に目鼻は変わらないのだが、この写真、宝物である。

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