玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


今度こそ

  1. 2015/03/25(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 その昔、もうすぐ試験という時期になると、部屋の片づけがしたくてたまらない子だった。机の上は勿論、引き出しや筆入れの中も整然と片づけなければ気が済まない。本や参考書、プリントも科目別にそろえて、一日二日と時間が過ぎ、本格的にテスト勉強を開始するのがいつも遅れがちになる。

 それでもすぐに始めればいいほうで、次にハマるのはプラン作りだ。教科書の総ざらい、単語の練習、年号の暗記、練習問題にチャレンジ、などなど美しく見事な日程表を作るが、予定は未定。いつも消化できないまま試験に臨んだ。

 三つ子の魂なんとやら。今だに予定表作りが大好きで、さすがに紙に書いて貼りださないまでも、頭の中はプランだらけだ。が、小さな達成が大きな満足を産み、わずかずつの遅れが積み重なってしまう失敗は昔と同じパターンだ。

 ピアノのお稽古もそうだった。先生から新曲をいただく。一週間の計画をたてて、譜読みスタート。数日片手練習を良くして大満足。両手を合わせはじめると前半数ページはうまく弾けるが、弾けていない中間部が気になり前に進めない、後半に至ってはしどろもどろ、そして時間切れ。頑張ったつもりが、いつもダメ出しをされていた。

 近づく新年度。4月始まりの新しい手帳も購入した。ピアノの上に散らかった楽譜も整理を終え、机の上もまっさらだ。人用、わんにゃん用のハーブの勉強も、和服の歴史や文化も、乗馬ではなく馬術の上達も、勿論ピアノも、とやりたいことだらけの春がやってきた。幸せなことだとつくづく思う。あとは同じ轍をふまないように、自分自身を動かす手綱の緩急見極めて、今度こそである。


今度こそ_02 今度こそ_01



3月11日(その2)

  1. 2015/03/18(水) 09:00:00|
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 「震災から4年」「あれから4年」新聞を広げても、テレビをつけても、聞こえてきた言葉が11日を境にぴたりと止んだ。

が、先日の「被災動物慰霊と感謝の会」でお聞きした老犬の飼い主さんのお話が、頭から離れない。「震災当時4歳だった犬は8歳。8歳だった犬は12歳の老犬」当たり前のことだが、動物の老化は人の何倍ものスピードで進む。

 被災動物支援の「チーム富士丸」も、食べ物や生活物資をお届けする活動から、医療や健康管理のお手伝いをする活動にシフトを重ねてきた。「さぁ、もう一頑張り」その気持ちに変わりは少しも無い。継続できてこその支援活動だと、スタート時の覚悟もゆるぎないが、頭でわかっていた老化や介護や看取りの現実は想像、想定をはるかに超える。支援のスタイルの見直しの時期がまた来たのだと思う。

 震災直後、庭に山積みにされた支援物資の荷物番で大活躍をしてくれた、我が愛犬ハンナも4年前は真っ黒ツヤピカ、いまや口の周りも目の上も白毛である。熟考しよう。そして動き出そう。私自身の体力も勘案しながら。

3月11日(その2)_01



3月11日

  1. 2015/03/11(水) 09:00:00|
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薄れていく記憶と、日ごと年ごと深くなる悲しみの中に人は立っている。


あの日、助からなかった沢山の命に合掌。


昨夜は、「ワタシヲワスレナイデ」と言わんばかりに、震災の夜と同じような雪が舞った。


3月11日_01



最強の犬

  1. 2015/03/04(水) 09:00:00|
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 柴犬「セレス」のリードを握りしめながら、良く通る声で女性が話しはじめた。「愛犬スピカが私とハイタッチをしたいつもと同じ朝。犬はお見送りのご褒美を貰いに夫のそばに駆け寄り、じゃあ行ってくるね、行ってらっしゃい・・・。それが夫と交わした最後の言葉になりました。」

 仙台市動物管理センターで「被災動物追悼と感謝の会」が行われた先日。津波で自営業だったご主人と愛犬スピカを失ったKさんが語るあの日のこと、悲しみを乗り越えて生きてきた4年間のこと、司会の私も慰霊祭に参集した方々も身じろぎもせずに聞き入った。

 遺体の見つからなかったスピカを探し続けるKさんは、自分たち夫婦がスピカの写真を載せて管理センターに送った年賀状が保管,掲示されていたことを偶然知ることとなる。何もかも流されて、夫が撮った写真も無くしたKさんが、スピカに似た子がいると訪ねたセンターで見つけた、たった一枚の写真である。

 スピカを探しきれず、またもやスピカでは無かったと落胆するKさんに、その年賀状と、間違えられた犬、銀ちゃんは何をどう決断させたのだろう。Kさんは、銀ちゃんを家族に迎え、絶望と孤独の日々に愛おしい相棒が出来たのだという。しかし老犬銀ちゃんはわずか1年半で虹の橋を渡った。またしてもの別れだ。

 静かに語るKさん。淡々と語れば語るほど、その悲しみは悲鳴のように私たちの心に突き刺さってくる。駆け寄って手を握り、背中をさすってあげたいという衝動に駆られてしまうほど、あまりの悲しみ、あまりの重さだ。

 銀ちゃんことナシラを見送ったKさんは天空を見上げ、ご主人とスピカに、そっちに弟が行ったよと呼びかけたのだそうだ。同じようにKさんは天空を見上げながら、慰霊祭でのお話を動物への感謝の言葉で締めくくった。

 そしてKさんの足元には3頭目の譲渡犬、盲目のセレスがぴったりと寄り添っている。Kさんは別れ際「私にはこの子がいますから」と、ひょいとセレスを抱き上げ、今はまだ建築予定の災害復興公営住宅にこの子と二人で入りますと笑顔で話してくださった。誰かが捨てた、誰かがもういらないと捨てた盲目の犬は、いまKさんを守る最強の犬になっている。なんと嬉しいことだろう。もう一つ嬉しいことに気がついた。そのセレスの胴輪とリード、骨型の名札付きのこれは、被災動物救済の活動を続けてる私たち「チーム富士丸」が届けたものだ。富士丸が見守ってくれている。セレスは元気で長生きが出来るに違いない。


最強の犬_01



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