玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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血液検査

  1. 2015/01/28(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 もう何年も前の出来事だ。我が愛犬ハンナにふりかかったとんでもない災難の顛末はこうだ。毎朝近くの小学校の校庭を元気に走り回る仲良しの数頭。上手に場所をシェアしあい、フリスビーをする子、ボール投げをするハンナ、校庭を横切るだけの犬、などなど。ある朝、一瞬目を疑う生き物がハンナめがけて突進してきた。リードを持つ飼い主がいなければ、それが何時ものマメシバとは思えないほどの変わりよう、体毛は抜け落ち、しっぽはごぼうのように黒く変色していた。目の周りも赤く、しょぼしょぼする様子は痛々しかった。

 飼い主の説明によれば、皮膚炎が全快し、あとは毛並みが整うのを待つばかりだと言う。がしばらくして、ハンナの足の毛が抜け始めた。たまたま原因不明の皮膚炎にかかったのか、何かのアレルギー反応なのか、わからずじまいだが、あのマメシバのように全身に広がる前に、と毎日の薬浴と飲み薬での治療が始まった。毎日の通院が一日置きになり、数日に一度になり、週に一度、月に一度となって、脱毛は終息したが、数年たった今も、月イチの健康チェックと薬浴は続いている。

 10歳半になった今も、白毛が増えたとはいえ、体調も万全で、と思っていた数週間前、首周りを撫でた手に、ごりごりと触るものがあった。掻き壊したあとの様な、瘡蓋(かさぶた)である。またマメシバの姿が目に浮かんだ。

 原因はいまだわからないが、獣医が駈け付けてくれ、すぐに瘡蓋を剥がし、処置をしてくれた。疑われるのはアレルギー。加齢で顕著になる場合もあるそうだし、体質が突然変わるケースもあるのだとか。犬は飼い主に似るという主治医の力説によれば、数年前突然食物アレルギーになった私に似たのか、同じく数年前金属アレルギーで腕時計もできなくなった夫に似たのか、血液検査の結果待ち、そして入浴三昧のハンナである。

血液検査_01


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まなざし

  1. 2015/01/21(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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まなざし_01 部屋の荷物整理に目途がつき、母や子供たちのアルバムばかりでなく自分のものも少しは、と思い立ったのだが、何と、整理どころか、手にした一冊めで見事につまずいてしまった。




















まなざし_02 そこには白馬の二頭だての観光馬車。乗ろうか乗るまいか思案する私を穏やかに見つめる馬、その馬を未練がましく見つめる貧乏学生の私。何十年前だろう。場所はザルツブルグのどこかの広場。客待ちの観光馬車はオフシーズンだったから、皆、暇を持て余し、見慣れぬ東洋人の片言の会話にも根気よく付き合ってくれた。


















まなざし_03  そんなに馬が好きなら、乗って写真を撮ってもいいと言われたり、ちゃっかり御者台に座らせてもらったりしたが、市内観光をした記憶も写真もないのだから、広場で馬と遊ばせてもらっただけだったのだろう。



















 当時、この写真を撮ったアグファ社のフイルムは日本に現像液や印画紙が無いことが後でわかり、高い送料をかけてドイツまで送って現像をしてもらった。乏しい語彙では難しい注文の手紙も書けず、ピンボケも、要らないような写真も、全部をプリントしてもらうしかなかったのだから、お片づけが進めば、更に色々な写真が出てくるに違いない。

まなざし_04 蘇る懐かしき青春。それにしても語学力の無さが悔やまれる。あんなにやさしいまなざしで私をみつめてくれた馬たちだって、日本語で声をかけられても、ちんぷんかんぷんだったに違いない。ひとっ走りの後のご褒美に首にかけてもらうエサ袋の中身だって、あの袋の構造だって、本当はもっと詳しく知りたかった。
 
 あぁ、わずか数枚の写真でぴたりと止まってしまったお片づけ。先が大いに思いやられる。それにしても、馬のまなざしのなんと優しいことか。














医療の今

  1. 2015/01/14(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 今回の兄の入院手術で、最先端の医療は目覚ましく進歩し、私の認識、知識があまりに古く、かつ、テレビドラマにすっかり毒されていたと気が付かされた。

 一番の驚きは手術の日だ。患者は部屋で術衣に着替えさせられ、ストレッチャーに乗せられ、家族親族に頑張れと励まされて手術室に運ばれるものだと思っていたが、兄はいつまでもパジャマのまま。目新しいことといえば足に血栓ができないようにするための圧迫ハイソックスをはかされたぐらいだ。

医療の今_01 部屋を出る予定の時間にお迎えに来たのは看護師一人、「さぁ行きましょう」と促されて兄は自分で点滴の機材を押し、スリッパをパタパタさせて歩き始めた。「少し遠いですよ」と言われた通り、入院病棟から手術室まではかなりの距離だ。兄と看護師を先頭に、我々家族や親族はぞろぞろと行列のようについて行き、中央手術室と書かれた扉の前で兄はこちらを振り向いて、にこやかにお辞儀をした。こんなシーン、テレビドラマには出てきたことがない。一事が万事。痛みの緩和も徹底され、看護師は回復へ向けてのケアプランナーでもあり、役割も意識も昔とはずいぶん違う。

 ここで気づいたのは医療の体制がここまで変われば、患者の側の死生観も大きく変わってくるのではないかということだ。術前の説明しかり、セカンドオピニオンしかり、内視鏡手術しかり、手術承諾書、麻酔承諾書の様式しかり、そして誰より先に本人に告知された「がんの進行度」、と戸惑うほどの変容だ。

 術後2週間で退院と言われた兄は、高熱を出すというアクシデントもあって、ほぼ一か月病院で過ごしたが、目出度く昨日退院をした。最もひと月後には転移箇所の手術が行われるので全快祝いは少し先だが、いずれにしても、医学の進歩により、がんは死の病ではなく、闘う病となったのだから、闘う患者を支える家族も意識の改革と気力体力の増強を図らずばなるまい。雨にも負けず雪にも負けずである。



ゆるめる

  1. 2015/01/07(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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ゆるめる_01 ここしばらく、頭から離れない言葉がある。「ゆるめる」だ。年頭に抱負やら希望やら、今年こそと思うこともあるのだが、思いがけない喜ばしい出会いや、出来事が多かった昨年を振り返れば、これ以上欲張ってはいけない。緊張も呪縛も気負いも、まず「ゆるめる」ところから始めなければと思うのである。

 リセットとは大きく違う。ゼロにしてしまうにはそれなりの緊張が伴う、えいやぁと頑張らなければリセットなど出来るわけもなく、リセットする前にしっかり次の構想を練らなければ、ただのからっぽだ。

 投げやりとも大きく違う。一つ一つの事象をただ放りだすだけなら、もともとの緊張は少しも変わらないし、いっぱいいっぱいの引き出しはぎゅうぎゅう詰めのままだ。

 跳びあがる前にひょいと身体を縮めるあの感じ、緩めながらもその手がちゃんと届くかどうか目測を誤らない、あの感じだ。背伸びや深呼吸のあとのあの感じ、さぁやるか、どれ行くかと、気合の入るあの感じ。お気に入りのお茶でふうっと一息つくあの感じ、温まったり、ほっとしたりを実感するあの感じが、私の思う「ゆるめる」だ。

 師走のあわただしさの中で姉夫婦は闘病という難しい課題を背負うことになった。一人暮らしの叔母は日に日に老いに侵食されていく。仕事も会いたい人も、ありがたいことに目白押しだ。この一年、きっと、いいことも悪いことも、想定外の現れ方をするに違いない。備えよう。ゆるめながら備えよう、チャンスの神様の前髪をしっかり掴むためにも。


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