玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


ばぁば浴

  1. 2014/08/27(水) 09:00:00|
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 今月初めに山形天童温泉で女3人がおちあった。東京に住む友人と、網走に住む彼女のおかぁさんと、私だ。芭蕉の足跡をたどるような母娘旅行の一日に私も参加させてもらい、久しぶりの温泉を楽しんだ。

 「スーパーばぁば」と呼びたくなる彼女の母は、おととしの富士登山、去年は立山、今年は山寺の千段を超す石段と羽黒山、まもなく80になろうとする人とは思えぬタフさである。

 行く先々でお土産を山のように買い込んでは宅急便で網走に送る。聞けば、ボランティアでお年寄りのお世話をしているのだという。得意の料理で腕を振るうらしい。

 趣味の菜園も、軽トラを飛ばして農作業に出かけるスケールの大きさ。海がしけた翌朝には浜に打ち上げられる昆布を拾いに行って、洗う、干す、とこれまた重労働。みんなに分けてあげるのが楽しみで仕方ない。

 川の字に敷いた布団に寝っ転がりながら「いいかい、昆布細く切るだろう、ペットボトルにいれてさぁ、水入れて一晩おいたらいいダシでるよぉ」「米茄子焼いてさ、お土産に持ってきた甘味噌乗っけて、それだけで一品出来るさ、ちょっとカッコいい皿にしたら料理屋みたいだよ」と途切れることなく、うまいものの話。耳にも気持ちにも残る独特の北海道弁だ。笑ったり、うなずいたり、ほろっとしたりして夜が更けた。

 翌朝、軟弱な私は山寺登山口で二人を見送り、胸に温かいものをどっさり抱えて帰仙した。ばぁばは、人生の、いや日々の暮らしの取捨選択が実にうまい。捨てるものをさっさと捨て、繋ぐもの、守るものの手は決して緩めず、諦めるものは、ばっさりと諦めて、「人生いろいろあるからさぁ」とすべてを飲み込む。

 「森林浴」ならぬ「ばぁば浴」、山寺の空気同様、マイナスイオンのシャワーである。




やり直し

  1. 2014/08/20(水) 09:00:00|
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 長い夏休みが終わる頃、子供だった私の心には、「二学期こそ」とか「こんどこそ」というひそかな誓いと、自分への期待感があったように思う。いつの間にか虫が集(すだ)き、朝晩ぶるっと肌寒さを感じたりするまさにこの時期である。夏休み帳はまだ終わっていないのに、工作や絵もやりかけなのに、充実の二学期や輝く通信簿を想像して武者震いをしたのはお調子者の私だけだろうか。

 お正月明けの3学期は努力目標を掲げたり、華やかな成果を思い浮かべるには短かすぎた。が、たった一か月程しか違わない2学期を長いと感じたのはどうゆうわけだろう。もっとも今の小学生は前期・後期制になったから、2学期だの、3学期だのは死語だろうし、かつての私たちとは違った時間の捉え方をしているに違いない。

 大人になって、すべての時間が短く感じられるようになった。ひと月も一日も、あっという間、やり残す仕事も家事も山のように堆積していく。もう一度あの時間感覚に戻れないものだろうか。学期末まではまだまだあるさとうそぶいていたあの時期に。

 いいお手本がすぐそばにいる。一日を食事時間で3分割し、正確な腹時計で瞳を輝かせ、ひと眠りの間に体力を回復し、生き生きと暮らす黒い子だ。そしてもう一ぴき、いやもう一頭、干し草めがけて驚くスピードで走る茶色い子も私の暮らしに加わった。

 長い長い介護からようやく手が離れたこの今、武者震いの2学期が始まろうとしている。やり直しのチャンスである。




8月11日

  1. 2014/08/13(水) 09:00:00|
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 東京の8月、暑くて暑くて大変な時に私を産んだ母は、お誕生日は祝ってもらうものではなく、産んでくれた親に感謝をする日だ‼と言い続けた。

 親元にいた時には誕生日が近づくと毎日のように、離れて暮らすようになってからは電話口で、渋谷にあった日赤の産院がいかに大きかったか、生まれてすぐにあせもだらけになった私の顔が写真も撮りたくないほど醜くくなったことや、ベビーベッドを自分のものだと思いこんだ愛犬が何度も赤ん坊を引きずりおろしたこと、などなど次から次から、昔話が止まらなかった。そんな時は口もはさめず、黙ってうん、うん頷いた。

 その母を見送って初めてのお盆が来ようとしている。

 今年は私が、母の写真に向かってひとりごちる。

 似てないから赤ちゃん取り違えだね、って言われたのは怖かったよ。

 あせもだらけでも、一枚ぐらいは写真もあればよかったね。

 お里に返されたスピッツは幸せに暮らせたのかな。
 
 兄弟のいないお前は可哀想だって言ってたけど、今年もたくさんのお友達がおめでとうと言ってくれたよ。

 子供たちが「ちょっとでごめんケーキ」を買ってきてくれたよ。

 また馬に乗り始めたよ。優しくて賢くて美しいベルジャンだよ。

8月11日_01 私の話も次から次からと止まらない。

 今度は母がうんうん頷いてくれているだろうか。

























人馬一心

  1. 2014/08/06(水) 09:00:00|
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 地下馬道とはこんなに傾斜があるのか、とか、こんなにも歩きにくいコースを馬は走るのか、とか、日ごろ関係者以外立ち入りできない厩舎やバックヤードはかくも広いのか、とか、何もかにもが初体験の福島競馬場は昨日最高気温39度を記録した。

 見に行ったのは競馬ではない。馬術競技の会場である。東北6県から集った精鋭たちが繰り広げる熱い戦い。炎天下にテントが張られ、すぐ目の前に、馬場馬術と障害飛越の競技会場が作られてゆく。応援席は砂地から吹いてくる熱風に負けないくらい熱くなる。何しろ長崎国体の出場権がかかった試合である。

 まだまだ馬初心者の私は聞くもの見るものみな珍しい。競技が始まった途端に、物音ひとつ立てずしんとなる応援席は今まさに指揮者が指揮棒を振り上げる時の、コンサートの緊張感によく似ている。目の前を通る馬の息遣いが想像をはるかに超えるほど大きく響くのにも驚いた。

 感動的な出来事があった。少年の部の二人と二頭だ。炎暑のせいだろう、悲鳴に近いような声を上げて障害を飛ぶ馬を、障害物との距離を測り、歩数をあわせ、コースを正確に回り、なお一刻もはやくゴールへと導く馬上で、彼女の集中力はどれほどのものだろう。あまりの喘ぎに、愛馬は死んでしまうのではないかと、怖かったそうだ。60数秒で10以上の障害を飛ぶ。単純計算なら馬は5秒に一度飛び上がり、前肢をたたみ、バーを越えてすぐに着地の体制を取る。しかもすごいスピードなのだ。乗り手と馬の息も心も合うのは勿論だが、ゆるぎない信頼感が馬からも人からも伝ってくる。人馬一体いや、人馬一心だと手に汗握りながら思った。サンちゃんことライジングサン、堂々の2位である。

 もう一頭は人馬転。まさかの失権になった。一瞬視界から消えたように見えた馬、直後に砂を擦る大きな音と砂煙。パーフェクトで飛び続け、後半のコーナーでの出来事だ。あぁ~という声が応援席に溢れた。馬と少年が立ち上がるまでのほんの数秒をどれほど長く感じただろう。幸い人馬ともに擦り傷で済んだ。少年の悔しさは勿論だが、ドリーことハロードリーも悔しかったに違いない。厩舎に戻り、黙々と馬の脚に湿布薬を塗る彼と、馬との無言の会話を聞いた気がした。

 何かの応援に出かけるなど、久しぶりのことだ。応援に熱くなったのも、娘の部活以来かもしれない。なんという一日だったのだろう。その素晴らしさに感動という言葉以外にみつからず、私は深夜になっても興奮状態だ。清々しさ、温かさ、潔さ、そして愛おしさ、そんなものが心に溢れて、応援に行かせていただいたはずが、こちらが大きな応援をもらったような、不思議な力がふつふつとわいてくるような、ありがとうと言わずにいられない気持ちになっている。

 KILL YOUR TIMID NOTION と書かれた奈良美智の絵を思い出した。

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