玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


アリーナ

  1. 2014/07/30(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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アリーナ_01 昨日動物管理センターで獣医師から手渡されたタブロイド判の新聞。一面にはご夫妻とラブラドールの写真が掲載されていた。それが、あの激ヤセで保護されていた「アリーナ」だとは、すぐには気付かなかった。

 アリーナがどんな犬なのかは昨年9月の玉能回路で書かせていただいた。新しい飼い主のことは、譲渡会に立ち会わない限り知ることはできない、たとえ立ち会ったとしても、犬が引き取られるご家庭の周辺事情までは知ることが出来ない。それは、飼い主の個人情報であり、獣医師にも守秘義務がある。アリーナは良い方に譲渡されたと聞かされていたが、具体的には何県で暮らしているのかさえも知らずにいた。

 アリーナの元気な姿や表情にも胸が熱くなったが、文面をみて鳥肌がたった。動物管理センターから譲渡されたメスのラブラドールレトリバー、ハンナ(推定7歳)とある。えっハンナ?ハンナという名前なの?どうして?誰が?もう頭の中は大混乱である。

 激ヤセのアリーナが元気になれたのも、人を怖がる虐待の記憶から立ち直れたのも、犬の神様がアリーナを救ってくださった。と私は思っていた。センターで現在も続けられているハーブ療法の第一号もこのアリーナだ。犬の神様は助けるだけでなく、粋な計らいをして、この子の名前にハンナを授ける導きをしたのだろうか。いやいや、神様一人の仕業ではない、富士丸がきっと絡んでいるに違いない。どうだいいだろう?とこちらを見下ろす丸の顔が目に浮かぶ。

 涙と鼻水がいっぺんに出た。じわじわと興奮が続いている。今日は驚きのご報告と、何よりこの写真とを、アリーナを案じてくださった皆さんに見ていただこうと思う。深い感謝とともに。



白まゆげ

  1. 2014/07/23(水) 09:00:00|
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 まずは自戒を念頭に書き始めよう。久しぶりに会った友人がおやっと思うほど老け顔になっていることがある。ここから先も勿論自分を棚にあげて書こう。時間経過は仕方ない。誰だって年を取る。けれども年をとったように見えるのと老けて見えるのは大きな違いがあるように思う。

 同じように老けて見えない人もいる。目じりにしわもある、手の甲も指も、年なりの変化をしていても、衰えたように見えないのは何の違いだろう。

 その昔、煎茶道のお師匠さんが、忙しく飛び回る私に諭すように言ったことがある。いずれ年を取れば、今のようには動けなくなる、演奏や音楽の仕事で生涯現役はむつかしいだろう。けれども茶道なら幾つまででも続けていけるし、教えることもできる、と。

 そんな先のことを考えたわけでもなく、納得したわけでもないが、熱心に教えて下さる先生のお言葉に逆らわないよう、期待を裏切らないよう、精進してお免状をいただいた。が、この先、茶道を教授する立場になるとは考えにくい。

 今、実家で一人暮らしをしている母の妹は、華道の師範だったが、いまや花器どころか鋏も手にしない。重いものを持つのがつらくなり、枝ものを切ることも、ましてや剣山に花を挿す力もない。素敵なおばぁちゃま先生になれたはずなのに、しかもあれほど研鑽を積んだのにだ。

 何をどうすれば、美しく年を重ねることが出来るのだろう。そしてたとえば私なら、音楽も続け、茶道やお茶会も愉しみ、毎日犬と走り、時には馬と駆け回る、そんな暮らしを維持するには、今どんな努力が必要なのだろう。気力だろうか、筋力だろうか。

白まゆげ_01 「お前はどう思う?」振り返って問うた愛犬の目の上に綿ぼこりがあった。払おうとして気が付いた、それは綿ぼこりでもなんでもなく、白髪だと。また増えた。美しく老いる。老いてもそれなりに動く。これは犬にも私にも喫緊(きっきん)の課題である。
























そら2号

  1. 2014/07/16(水) 09:00:00|
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 震災の年の7月、すでに8歳になっていた被災犬の黒ラブを家族にと迎えて下さったのは、岩手県一関市の農家のご夫婦だった。ダックスフントを探しにいらしたのに、その10倍も体重のあるラブの飼い主になって下さった。あれから3年半、「そら」と名づけられたその子は、病気もしたし、手術もしたが手厚い看護で元気にたくましくなった。今はすっかり農家の働き手になり、合鴨をねらうキツネやイタチを追い払い、合鴨を見に来る保育園児たちにも、農業体験の中学生にもかわいがられるアイドルだ。

時々岩手から、「そら」の近況が届く。ご夫妻のどちらも、もう彼のことを被災犬とは言わない。うちの子が一番と言わんばかりのかわいがりようだ。「最近ではいたずらを覚えて、畑のきゅうりを踊り食して困るんですよ」とおっしゃるが、少しも困っていない口ぶりで長電話になる。

「そら」の幸せな様子を、動物管理センターの獣医さんたちに話しにいった昨日、たまたま仔猫を貰い受けに来ていた若夫婦と出会った。虎猫にするか、白い子にするか、はたまた黒か、4頭の仔猫を前に迷っているところだった。いかにも優しそうな二人に選べと言うほうが酷なのかもしれない。出会いの神様の声を聞く、少しばかりのコツを伝授して差し上げて、ご夫妻は自信をもって白い子を選んだ。ほんのり、うっすらと、耳やしっぽがクリーム色がかっているのは、もしやシャムの血統が、と私が言いかけたとき、ご夫妻が驚きの声を上げた。

彼らは数日前、交通事故にあったらしい猫を拾って、病院に連れて行ったのだが、看護の甲斐なく、亡くなったのだという。その猫こそシャム猫。奥様が携帯で撮った写真を見せて下さった。出会いの神様どころか、これは運命なのかもしれないと思いながらその場を離れたが、所用を済ませた私が聞いた「その後のやりとり」に今度は私が驚きの声を上げた。

実は、ご夫妻は仔猫の名前を決めており、なんと「そら」だというのだ。お引渡しの時に、「そら一号」の話をしてあげたかった、とどれほど思っただろう。そら2号だけじゃなく、飼い主のお二人にも幸せが来る素敵な名前だと、言って差し上げたかった。いや言うまでもなく、若夫婦が白猫そらを抱き上げた時から、双方の幸せはスタートしたに違いない。

まだまだいるセンターの個性豊かな仔猫たち。さあ次は君だね。

そら2号_01 そら2号_02

そら2号_03 そら2号_04


トラウマ

  1. 2014/07/09(水) 09:00:00|
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 仙台市動物管理センターに保護されているオドオド犬や噛みつき犬がそもそもそうならざるをえなかった原因、遠因を探り、彼らの恐怖心をいかにやわらげようか頭を悩ませていたつい数日前、なんと我が愛犬ハンナに恐怖体験が降りかかかった。

 梅雨の晴れ間、機嫌よく朝の散歩に出かけた数分後、目の前に飛び出してきたのは牙をむき出し唸りながら吠えるトイプードルだった。いつもは閉まっているそのお宅の玄関は開けられたままであり、勿論リードも何もない。幸い犬と犬との間に入り込み、リードを短く持って愛犬を庇った家人のおかげで、衝突は避けられたものの、襲われた経験は深くハンナの心を傷付けたらしい。

トラウマ_01 翌朝から散歩行きません、と頑なな意思表示。裏門から数メートルのところで用を足し、さっさと家に駆けこむのである。なだめても、励ましても、踏ん張る踏ん張る、ついには寝技まで駆使して、家から離れようとしないのである。

 あんな小さな犬に吠えられたくらいで情けないと思うのだが、ハンナを擁護する獣医師によれば、子犬は怖いからこっち来ないで!と叫び、心やさしいハンナは道を譲ったのだと言う。それはなんとも麗しいお話だが、大好きだった小学校の校庭はミニピンシャーの飼い主にシッシッと追われてから行けなくなったし、車の通らない絶好の裏道も柴犬に唸られてから通れなくなった。残された唯一の散歩道での恐怖体験である。早いうちに克服しなければ、もうどこにも出かけられない運動不足犬になってしまう。

 家人がリードを持つ。ハンナを挟んで私が付き添う。歩みが遅くなりかけた時、ちょっと小首をかしげた時、大丈夫、大丈夫、偉いねぇ、すごいねぇと声をかける。そして件の家が近づくころにはミッキーマウスマーチの替え歌、ハンナマーチを歌ってタンタン手拍子をしながら歩く。その光景だけでも十分に異様だ。そしてクライマックス、ハンナがへっぴり腰、猛ダッシュでその家の前を通り過ぎた時には拍手の嵐、天才天才と褒めまくる。早朝とはいえ、決して人に見られたくない姿である。




 安心安全の家に帰り着き、大の字になって二度寝のハンナは寅野馬子だの、内野弁慶などとからかわれるが、この先、汚名返上、いやトラウマ克服までにはどれくらい時間がかかるのだろう。愛言葉は「焦らずゆっくり一歩ずつ」ハンナもセンターの犬たちも。


トラウマ_02




























梅しごと

  1. 2014/07/02(水) 09:00:00|
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梅しごと_01 今年も青梅をたくさんいただいた。何時もなら全部梅酒になるところだが、昨年ネットで見つけたジップロック梅干しが殊の外うまくできたことと、満腔の信頼をおく医者である友人から毎朝の梅干番茶を勧められたこともあつて、今年はほんの一袋ではなく本気の数袋をと準備を始めた。

 まずは色づくまでと籠に並べた青梅が、何とも言えないいい香りを漂わせ始めた。わずか数時間で部屋の中は甘酸っぱい梅の香りでいっぱいである。自然の香りとはなんと強烈で、それでいてなんとすっきり消えていくのだろう。何時までも残る芳香剤や香料とはその消え方がまるで違う。

 忙しかった先月。移動距離も出会う人も多かった上に、人間関係の煩雑さや、複雑に交錯する思惑に振り回され、突風の中に放り出されたような気持ちになった。いつまでも消えない後味のわるさは、鼻につくばかりか衣服にまで染みつく芳香剤のようだった。

 それに引き換え、なんとこの梅の香は清(すが)しいのだろう。ふと、台所で機嫌よく梅しごとをしていた仙台の母を思い出した。梅だけではない、らっきょうも、沢庵も手前味噌も柿の渋抜きも、小豆を煮てこしあんを作る時も、それぞれにたまらなくいいにおいを漂わせていた。

 女はみな、こうして四季折々の仕事をしながら、払いようもないほど重くのしかかる何かを浄化させてきたのだろうか。

 梅を洗う。梅の実を傷つけないように丁寧にへたをとる。布巾で水けをふき取りそっと籠に置く。いつのまにか手のひらも甘いあんずのような匂いになる。いつのまにか心を覆っていた黒雲のことをさっぱりと忘れている。

 そういえば母の口から人の悪口を聞いたことがない。突然、母の思い出が蘇る。紫蘇をもんで真っ赤になった指、カラカラと笑う声、首に巻いたネッカチーフ。どのシーンも笑顔だ。母は偉かったんだなぁと思う。私も梅しごとで修業をして、軽やかに笑える女にならなければ。




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