玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


くろ兵衛

  1. 2014/06/25(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 ある馬具店のオーナーからこんな話を聞いた。馬術競技や試合に出るために厩舎をでて馬運車に乗り込む馬は一言も声を発しないが、売られていく馬や、事情あってしばらく飼い主のもとを離れる馬は、馬運車に乗る時に必ずいななくのだと言う。

 別れを告げるのだろうか、はたまた今までありがとうと礼を言っているのだろうか、ただたださみしくて鳴くのだろうか、いずれにしても馬はその場の雰囲気を読み取る実に賢い生き物だと言う。

 馬も賢いが犬も賢い。我が愛犬の吠え声にも何通りもあつて、見知らぬ人が近づいたのか、大好きな人がやってきたのか、それが大人なのか子供なのか、あるいはお散歩の犬なのかも、吠え分けている。吠えるだけでなくうにゃうにゃと話したり、く~んくんと鼻をならしたり、ヒャンと叫んだり、実に多様な表現をする。おそらく、どの吠え方も犬にとってはなくてはならないコミュニケーションツールなのだと思う。

くろ兵衛_01 今日、動物管理センターから問題児を抱えてしまったからと、支援要請があった。市内の森林公園につながれて置き去りにされた黒ラブである。問題は切除された声帯。この犬は吠えるどころか、ヒャンともはふはふとも声を上げることができない。むなしく首を上げて吠える格好はするが、息の漏れる音すらしない。声帯を取るにしてもここまでされた犬は見たことがないと獣医師も頭を抱えていた。

 恐怖と不安が見て取れるその目で、医者や残酷な飼い主に彼が精一杯吠えたのは何時のことなのだろう。その目を細めて甘えてくれる日は何時になったら来るのだろう。たまたま支援物資でいただいたいい香りのわんパンを与えてみたが、人の手から食べ物を受け取るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 今日はまず、「くろ兵衛」と名前を付けた。「何時かきっと」を信じて、向き合って行こうと思う。ハーブ療法もレメディも、私のわずかばかりの訓練経験も、とにかく総動員して、人との出会い直しをさせてやろう。鳴けなくても、鳴かなくても、気持ちの通じる飼い主さんにきっとあわせてやろうじゃないか。

 くろ兵衛は瞳に力がある。きっと賢い子に違いない。失われた声は戻らないが、ハンナのように「何か下さい」のポーズくらいならきっと覚えてくれるだろう。黒ラブは何といっても食いしん坊なのだから。




名前ペン

  1. 2014/06/18(水) 09:00:00|
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 母を見送ってからもう8か月になる。一人残された母の妹はヘルパーや古参の家政婦に支えられながら風邪ひとつひかずに一人暮らしをやり遂げた。この分なら次の暖房の季節まで、とりあえずは乗り切れるのでは、と思ったつい先日、腰痛が膝や足に悪さして、ついに立てなくなったと連絡がきた。

 立ち上がれなかったことがよほどのショックだったのか、いっぺんに気弱になった。そして、彼女の選んだ身の振り方は、生まれ育った土地での施設暮らしだった。彼女は一旦、こうと決めたらテコでも動かない。無駄とわかりながら仙台に、と説得をする私と、好きなように生きると決めた叔母とは、穏やかに穏やかに平行線のままだ。

 私の実家には長い介護の歴史がある。始まりは寝たきりになった祖母である。まだ介護制度のなかった時代、代々の家政婦たちは実によく祖母を助け母たちを支えてくれた。そして祖母に仕えるのと同じように、まだ健常者の母や母の妹にも仕えてくれた。それは執事顔負けの、徹底ぶり。母たちは本当に重いもの箸の暮らしを何十年と続けてきたのである。カシズカレルと表現するのが一番ぴったりする、時代錯誤の不可思議な暮らしを、当の本人だけは不可思議とも何とも思っていない。そんな叔母が、果たして老人ホームで生きていけるのだろうか。

 不安を拭いきれない私だが、入居の日は刻一刻と迫ってくる。介護施設と違い、有料老人ホームは、家電も家具もすべて持ち込みである。部屋の大きさに見合うテレビを買い、冷蔵庫を手配し、身の周りのものを整えてゆく。本格的な引っ越しである。大物を制覇して、次にとりかかったのが名前つけ。靴下にも肌着にも、持ち物全部に名前を付ける。これがなかなかに侮れない。名前ぐらいと思っていたのに、結局朝までかかってしまう。

 叔母の名前を、一晩で何回書いたのだろう。書き終えて母を思った。あっけなく旅立った母の名前つけは経験せずに終わったが、母ももう少し生きられたら、デイサービスに通う日なども来たのだろうか。ハンカチならこれくらいの小さな文字。お気に入りのレースの手袋にはどうやって名前をつけよう。手のひらに、さまざまな大きさで母の名前を書いてみた。文字で真っ黒になった掌がうるんで見えた。


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丸パワー(チーム富士丸の力)

  1. 2014/06/11(水) 09:00:00|
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 三年前の今頃は、東日本大震災の被災犬猫を救うべく、チーム富士丸の旗のもと、全国から支援物資が送り届けられ、我が家のガレージも、縁側も廊下も、段ボール箱がうずたかく積み上げられていた。必要なものを必要とされるところにと、仕分けをし、津波被害のあった沿岸部に運ぶ人、福島で保護された犬猫を預かる病院に届ける人、救済本部のおかれた仙台市動物管理センターに届ける人、と毎日が配送屋さんのような忙しさだった。

 チーム富士丸に参画して下さった方の中には、南三陸町までボランティアにおいで下さったり、仙台近郊の避難所でのお手伝いをしてくださる方もいて、それぞれ予定をもう一日伸ばして、動物管理センターにもお手伝いに来て下さり、びしょ濡れになりながら犬を洗って下さったり、一日休む間もなく仔猫にスポイトでの哺乳をして下さったりした。

 大混乱のあの時期、本当にたくさんの方に、私たちも犬猫も助けられた。本当はご自分が送った大型ケージがどんなふうに使われているのか、猫キャリーや、トイレや、かわいいリードやハーネスをした犬たちに会いたいと思う方もいらしたに違いないが、何もおっしゃらず、黙々とお手伝いをして下さった。

 茶色だと思っていた犬が洗ったら真っ白だったことに驚いたり、いつも飼い主さんに洗ってもらっていたのか、シャワーに目を細める姿をいとおしく思ったり、大変さの中にも、対動物ならでは温かさや充実感があったと思う。

 震災から3年3か月。今も、チーム富士丸の方々から、御礼やねぎらいや励ましの声がかかる。ありがたいとしみじみ思うし、その声援が私たちにもボランティアさんにも大きな励みになっている。そんなわけで皆さんにお知らせしたいと思うのが、あの時夢中で被災犬のお世話をしていたボランティアさんのその後、である。

 実によく、ボラさんたちは勉強をしているのである。講師を招いての勉強会で犬や猫の特性を再確認したり、人間不信など問題を抱えた犬猫への対処の仕方も、講習会で学習や実習を重ねている。中には子犬の訓練士の資格を取られたり、犬猫の引き取り、遺棄にどう対処するかという難しい課題に取り組む方々もいる。犬の散歩ボランティアや仔猫の哺乳ボランティアをしながらである。偉いなぁ~と思う。そして心の中で、その活動を支える高栄養の富士丸ごはんやミルク。清潔でかわいい首輪やリード。ここにもあそこにも富士丸パワーだとひとりごちる。


丸パワー_01



ハンカチ

  1. 2014/06/04(水) 09:00:00|
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 中学や高校生だった頃は、制服のブラウスにアイロンをかけるのが日課だった。厳しい、いや正しい躾を徹底した母親は、自分の身の回りのことは自分でするように、と当時家の手伝いに来ていた人たちにも、私のものだけは手をかけさせなかった。

 洗い替えの予備が無いと気が付いた朝、慌てて洗面器でブラウスを洗い、バスタオルで水けを切り、アイロンで乾かすという必殺技を何度使ったことだろう。ブラウスのついでにハンカチにもピシッとアイロンをかける。BGMは勿論、母の小言である。

 小言のせいだろうか、或は今やアイロンかけの必要なものがハンカチくらいになってしまったからだろうか、アイロン台を出す手間も億劫で、ついついため込んでしまい、その作業たるや大仕事となってしまう。

 アイロンをかけながら様々なことを思う。眠る子猫の柄はかつてお弟子さんからいただいたもの。大学を出て初給料で買ってくれた一枚だから、子供っぽい柄ながらなかなかお蔵入りにできずにいる。

ハンカチ_01

 花柄のハンカチたちはもう20年選手。子育ても仕事も忙しかった頃、よく使っていた深夜のコインランドリーで、洗濯物が丸ごと消えて憤慨した時、友人たちがプレゼントしてくれた当時の流行ブランドだ。

ハンカチ_03

 他にも、コンサートのお祝いにいただいたり、お茶席の裏方をお手伝いして御礼にと頂戴したり、あつこの宇野千代桜はヴァイオリンの家庭教師を探してくれと頼まれた時の御礼の一枚。この黒猫は「猫まつり」というイベントを立ち上げた時のお仲間からの贈り物。よくまぁ覚えているものだと自分でも感心する。アイロンをかけるたびに、記憶が呼び戻され上書きされるから、なのだとも思う。

ハンカチ_02

 もしかしたら贈って下さった本人は、ハンカチの柄どころか贈って下さったことすらももう忘れてしまっているのかもしれないが、まだボケには少し間のありそうな私には、ハンカチはアルバムの一葉かのようである。



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