玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


五月一日

  1. 2014/04/30(水) 09:00:00|
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大の猫好きだった私が、
まさか犬と暮らす日が来ようとは思いもしなかった。

五月一日_3437

猫しか躾たことのなかった私が、暮らしのイロハ、人との共生を教え込んだ。
未だにどうにも猫っぽい。

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病に倒れた仙台の母の癒しの存在となり、実家の母の溺愛ぶりも、このはがきから伝わってくる。

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その母達の介護の長い年月、見送りの時、黒くて温かくて優しいハンナがどれほど救いになっただろう。

五月一日_1352

明日はハンナの誕生日。おめでとう満10歳。 

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そう言えば母は良く言った。
お誕生日は親に感謝をする日なのだと。

五月一日_おじょー

振り返る10年。君にも君と私を支えてくれた人々にもひたすら感謝。
君にも君を愛してくれる沢山の人にも、穏やかな日々が長く長く続きますように。

五月一日_ハンナ



みなしご

  1. 2014/04/23(水) 09:00:00|
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みなしご_01 事件や事故が多いからだろうか、今回の旅に限って、万が一の事が頭をよぎった。
 めったに飛行機など落ちるわけもなく、すぐ目の前に熊や人食いトラが現れるわけもないのに、私と夫にもしものことがあったら、我が愛犬はどうなるのだろうと、不安になった。


















みなしご02 毎朝5時半には起きる。日に何度もトイレに連れて行けと要求する。食事も半手作り、内弁慶のビビリ屋のうえに神経質。ほんの少し聞き分けが良かったり、上手に留守番が出来れば、お利口だ、天才だと溺愛される。ぬいぐるみを枕にくうくう寝息をたてれば、かわいいかわいいを連発される。24時間、365日、注がれる愛情はシャワーのようだ。しかもまもなく10歳である。その付き合いの長さから、鳴きかたひとつ、しゃべり方一つで、互いの言わんとすることを判りあう。この環境を誰が作ってくれると言うのだろう。















みなしご03 30キロもの大型犬を、すぐに引きとってくれる人などいないだろう。飼養者死亡につき保護ということになって動物管理センターに連れて行かれるのだろうか。あれこれ考えたら、涙が溢れ、白毛混じりのあごも、ベルべットのような耳も、がおぉ、ぐおぉという激しいいびきも、ただただ愛おしかった。


















みなしご_04 そして、そうかと納得した。被災犬もそうだった。ある日突然、溺愛してくれる人が消えて無くなったのだ。引き取り犬も猫もそうだ。みんな、ひとりぼっちになったのだ。チーム富士丸の仙台窓口をさせていただいているのも、震災後も今も、センターの犬猫に声をかけずにいられないのも、頑張れ頑張れと励まさずにいられないのも、我が愛犬に対する思いと同じだからなのだ。

















みなしご05 震災から3年過ぎて、いまだ人を近付けない噛みつき犬も、歩けないほど大怪我の猫も、おさみし山のてっぺんからなかなか下りられない子も、みんなみんな、みなしご。そしてかつては誰かの大事な命だったのだ。



















みなしご_06 有り難いことに、無事家にもどり、スネ丸のご機嫌取りに終始しているここ数日だが、センターの子達にも溺愛シャワーを届けに行かなければ。





















今年の桜

  1. 2014/04/16(水) 09:00:00|
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 ここしばらくずっと母の事を思っている。桜が咲き、空が春色になり、ニュース画像も新聞紙面も何もかもが桜色になった。そのせいだと思う。

 受話器の向こうでいつも華やいだ声が響いていた。「今日はお花見に連れて行っていただいたの」と。あらそう。あらそう。と相槌を打ちながら毎年この季節が過ぎて行き、母と見た桜など、もう思い出せないくらい遠い昔になってしまった今になって、母はこんなにも桜が好きで、たとえ車の中から眺めるだけでもあんなにも喜んだのだと、気がついた。

 するとどうだろう、次から次と桜の思い出が蘇ってくる。寒くて震えた弘前公園の夜桜。花吹雪の塩竃神社。枝垂れ桜に手をかけカメラに向かってポーズを取っていた川べりの桜も、八重桜の下の母の横顔も、手元にはないアルバムなのに鮮明に蘇ってくる。

 思い出の中の桜を「ねぇ辿ってみたらどうかしら」という母の声が聞こえるようだ。
 そいう言えば私の幼稚園の卒園式、母が着た深緑のあでやかな訪問着も、桜の柄だった。

今年の桜_01


君の目標

  1. 2014/04/09(水) 00:00:00|
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 入学を許可される子供達の名前が、次々と読み上げられる。来賓席で入学者名簿を見ながらそれを聞く私は、はて次は男の子だろうか女の子だろうかとその返事を耳を澄まして待つ。読み方が判らない子も多い。基睦(もとむ)さんも、日向人(ひなた)さんも、海大(みひろ)さんも読めなかった。きっと、ともひとさんだろうと思った子が智仁(あきひと)さんだったり、はるひさんではなく晴日(はるか)さんだったりする。

 素敵だったり、立派だったりするそれぞれ320人の名前に、320のいわれがあり、はぐくんできたご家族の思いがあって今日の、喜ばしき晴れの日なのだと思うと、拍手をする手にも力が入る。

 校長は静かながら勁(つよ)い言葉で、目標を定めよと式辞を述べた。ふと、自分に言われたような錯覚に陥る。高校に入ったばかりの子供達のように、遠い未来があるわけではない、気力体力も下降の一途だろうし、文武両道どころか仕事も雑務も介護も、と四方八方に道がある。それでも子供達と違うのは、売るほどある躓きの経験と、乗り越えてきた逞しさと、まだまだやれると思いこめる図々しさだろうか。友人達との長い歴史もあるし、そして何より酌み交わす酒がある。

 受験の難関を突破し、晴れて高校生となれた子供達が会場を後にするその後ろ姿、足取りを見ながら、私も心の中で勁い言葉で呟いた。3年先を見据えて目標を立てるのは君たちだけではないのだよ。こんないい式辞を聞かせていただいたのだもの、頑張らずにおらりょうか。

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 しかも「時間貯蓄銀行」のあの本も今日購入。

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 勇んで帰宅、我が愛犬にも強く言い聞かせる。君にも大切な目標があるのだよ。我がままでも、なんでもいい、元気で元気で日々暮らすのだよと、

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鬼の霍乱(おにのかくらん)

  1. 2014/04/07(月) 09:00:00|
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 朝起きた時、すこしだるかった。が、はじめは熱だとさえも気づかなかった。愛犬と早朝の冷たい空気の中、ひとっ走りすればすっきりするだろうと思ったし、無事にゆるいジョギングも済ませて帰宅した。朝食の支度で、思いがけなく手順を間違えた。
 それでもまだ寝ぼけているのかと思ったくらいだ。気づいたのは食卓でのこと、味噌汁をすこしすすり、ご飯を一口食べただけで、もう何も受け付けなくなっていた。体温がじりじりじわじわと上がり、立つも坐るもへなへなするばかりだった。

 飲まず食わずではなく、飲めず食えず。この熱、どこまで上がるのだろうとぼんやり考えながらベッドにしがみついていた。熱が上がる時特有のぴりぴりという皮膚の痛み、めりめりという関節の痛みはあるものの、くしゃみもしなければ鼻水も出ない、風邪ではないんだなぁと、これまたぼんやりと考えていた。
 翌朝、ジェットコースターのように熱が下がった。ストンという音を聞いたような気さえした。私の体の中から何かが出て行った。風邪でもインフルエンザでもなく、疲れがどっと出たのだろうと医者は言うが、出て行ったのは疲れではなく何かとてつもなくおおきな哀しみや、不安や、あるいは邪悪なもの。私の心の中に棲み続けてはいけないものが、熱といっしょに出て行った気がしてならない。

 あまりに急な熱だったせいか、数日ふらふら、ふわふわしたが、浄化された気持ちは軽やかで、すがすがしくて、ふつふつと元気が湧いてくる。こんなにすっきり出来るのなら、苦しくともたまには熱もいいものだなどと思わないでもないが、沢山の人に心配もかけてしまった。そうそうしょっちゅう鬼の霍乱とはいくまい。

鬼の霍乱_01 鬼の霍乱_02 動物管理センターには春風とともにすでに仔猫が保護され始めた。小さな命だからこそ、守ってやらなければ。一生懸命生きようとする命を踏みにじる社会ではないのだと、示すのは大人の役目だろう。

  丸一日、狛犬のようにそばに張り付いて、ウンともスンとも言わずに寝たふりをしつづける愛犬の律義さも、心配の裏返しだろう。

 新年度、数日遅れなれど、邪気を払い、気力アップでスタートだ。



本日休業

  1. 2014/04/02(水) 09:00:00|
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更新が数日おくれます。



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