玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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我が愛犬

  1. 2014/02/26(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:1
 あの震災から丸三年にまもなくなろうとしている。復興の様子も、めざましく進んでいるところもあれば、あたかも丸3年時間が止まったままかと思われるところもある。

 その日が近づいてきて、テレビや新聞も震災ネタが目だって来た。おそらく各地で行われる慰霊の日の行事が大きく取り上げられ、喧々諤々、かまびすしくなり、そこを境に震災関連の話題は激減するに違いない。
 
仙台市被災動物救援対策本部に、「チーム富士丸」として関わらせていただいてからも3年ということになる。何もかも無かった震災直後と比べれば2年目、3年目になって支援の形は変わってきているが、仙台市内はもちろん宮城県、岩手県の沿岸部の犬と猫、放浪の末に捕獲された福島の犬に、医食住の何がしかのお手伝いをしている事は今も変わらない。

 嬉しいことがいくつかあった。一つは「もう大丈夫です」とメイルを頂いた事だ。震災当初、食べられるものなら何でもいいので送って欲しいと悲痛な訴えをしていた孤立地域の何頭もの犬、その飼い主さん達からのメイルには、感謝の言葉と一緒に、もっと大変なわんちゃんたちを助けてあげて下さいとのメッセージが書かれていた。

 もうひとつは呼び名だ。被災犬を譲渡会で引き受けて下さった方のブログをいつも楽しみに見させて頂いていた。日に日に元気を取り戻し、飼い主さんに甘える姿を嬉しく思ってはいたが、一年目も二年目も、名前の太郎のうえには被災犬という冠詞がついていた。それがいつからだろう、ブログに久しぶりに登場したその雄姿には「我が家の愛犬太郎」とキャプションがついていた。

我が愛犬_02

我が愛犬_01

 丸3年で解散する予定だった「被災動物救援対策本部」は被災地の現状をかんがみ、後一年解散を先延ばしとした。もちろんチーム富士丸も細く長く、一頭でも多くの動物が幸せになれるお手伝いをしてゆくつもりだ。どの子も「我が愛犬、我が愛猫」と呼ばれるようになって欲しいからだ。

 まだまだお留守番の続くこちらの「我が愛犬」。一人でお留守番の日は緊張で昼寝も出来ないのだろうか、夜のいびきは余震の時の地鳴りのようだ。

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音楽干渉(19)

  1. 2014/02/19(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 クラシック界を騒がせ、新聞やマスコミをにぎわせた、佐村河内守のゴースト騒動は、見ても、聞いても胸が痛んだ。なぜ、どうして、という思いと共に沢山の事が頭をよぎった。

音楽干渉_01

 かつて、指揮者 金聖響(キムセイキョウ)が、まだこれほど有名になる前に、その評判を聞き、どうしても生の演奏が聴いてみたくて大阪まで飛んだ事があった。取れたチケットは立ち見席、それでも自分の目と耳で彼の振るオーケストラを聴いてみたかったし、その素晴らしさは、お行儀よく坐って聴くよりずっと自由な、立ち見席ならではの、身震いするほどの迫力と美しさだった。

 その金聖響の指揮で行われるはずだった、佐村河内守の演奏会。せめて聴き終わってからの騒動であって欲しかった、とまず思った。そして交響曲を書きあげるエネルギーと才能、それを再現する演奏家や指揮者の努力とセンス、作られた膨大なCDやDVD、それらが一瞬にして灰燼に帰す。こんなことがあっていいのだろうか。

 メンデルスゾーンの妹ファニーヘンゼルは女であるがゆえに作曲活動を認められない時代に生き、彼女の作品の全ては兄、メンデルスゾーンの名前で発表された。他の作曲家にも幾つも真贋が判らない作品がある。もちろん嘘はいけない。事の是非は、私があらためて書くまでもない。が、芝エビや偽装鰻のように、回収して破棄して解決なのだろうか。

 出典は不明だが、ツイッターやフェイスブックで瞬く間に広がったこんな言葉がある。

  性格は顔に出る
  生活は体型に出る
  本音は仕草に出る  
  感情は声に出る
  センスは服に出る
  美意識は爪に出る
  清潔感は髪に出る
  落ち着きの無さは足に出る

 はて、勇気はどこに出るのだろう。秘するにしても質すにしても。



雪もよう

  1. 2014/02/12(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:1
 雪晴れの早朝、近くからも遠くからも、サクッ、サクッと雪片付けの音が聞こえてくる。小さいお子さんのいるご家庭は家族総出、スコップを持つお父さんのすぐ側におもちゃのシャベルを持つお子たちがお手伝い。滑ったり、転んだりしては、おおはしゃぎだ。普段人通りも少ない住宅地とは思えぬ賑やかさである。

雪もよう_01

数時間後、陽射しで締り、重さを増した雪は、サクサクではなく、ザクッザクッとかき氷のような音に変わった。子供たちの歓声があちらこちらであがる。雪だるまや、かまくらが完成したのもこのころだ。

雪もよう_02

 ふとみると、一人暮らしやご老人のお宅の玄関前の雪をご近所さんが片付けている。我が家も少しばかり手を伸ばして隣家の雪片付けをした。挨拶がかわされ、皆が笑顔になる。「だいじょうぶですか」と声をかけあった震災の時を思い出した。

 全国、あちらこちらで何十年ぶりだという大雪に見舞われた。積雪35センチになった仙台では、車も雪に埋もれ、駐車場から出すことも出来ない。たまたま日曜だったこともあるのだろうか、駐車場にも人が集まり、車救出に手を貸している。ここにも笑顔の輪が広がっている。

 大雪の日から一日、二日と過ぎて、ザクザクだった雪はすっかり氷ついて、ガリッガリッと音を立てるようになった。雪だるまは融けていびつになり、力作の大きなスロープも角が取れてぱっと見、それとは判らなくなった。誰も外には出ず、また静かな町内に逆戻りである。

 こんな大雪、めったに降るものではない。あの歓声を上げていた子供達が大人になって、いつかまた大雪になった時、この雪だるまや、ご近所の様子を思い出すのだろうか。雪に埋もれながら大興奮で散歩した愛犬も、なんとか長生きをさせて、「また、ふったねぇ、うれしいねぇ」と言ってやりたいものだ。

雪もよう_03


白い手紙

  1. 2014/02/05(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 節分が過ぎたというのに、空からはちらちらと白いものが舞い降りてくる。その昔、読んだ本に「雪は亡くなった人からの手紙だ」と書かれていたことをまた思い出した。ふわふわと舞う雪。しんしんと降り積む雪。雨混じりの雪。キシキシ音をたてる凍てついた雪。ガラス細工のような結晶が目に見える雪。さらさらの粉雪。受け止めた手のひらで一瞬に消える雪。雪のさまざまな表情が人の想像力を駆り立てるから、手紙だと思えるのだろうか。

 母を見送って4ヶ月が過ぎた。いずれはと覚悟もしていた。そのいずれが遠くないことも判ってはいた。それでも慌ただしさが過ぎたあたりから寂しさと喪失感が強くなって来た。忙しい日ほど唐突に「母へ電話をしなければ」と思ったりする。「寒いから足が痛くて」と訴えていた母の声を思い出して深夜に目が冴える。

 そんなところへ出版社に勤める友人から、本が届いた。「22世紀の般若心経」。-読むとふわっと心が軽くなる-、と副題が付いている。世界各地の動物園で撮影された動物の写真に、数行づつ現代語意訳の般若心経が書かれている。いい本だと思った。本もそうだが、般若心経を写真集にして、さらにここまで意訳しようと思い付く友人もすごいと思った。けれどもぱらぱら見ただけで心が急に軽くなるわけでもなく、また改めて手にしようと本箱に納めかけた時に別の本に目が行った。絵本「よこしまくん」だ。


 よこしまのシャツを着た、フェレットのよこしまくん。みえっぱりで、へそまがり、ぶっきらぼうで、かっこつけ・・・こんな本を見せたら母はなんと言っただろう。いつもお行儀が良く、美しく、自堕落な姿など一度も見せたことのなかった母だ、まゆを顰(ひそ)めたり、品が無いと怒り出すだろうか。白い手紙も突然、猛吹雪に変わったりするだろうか。 

 しまいかけた本をもう一度手にして、よこしまくんと般若心経を交互に読んで見た。すごく気持ちが楽になった。心の中のよこしま度をアップさせてから般若心経を読むとすっとする。よこしまくんになった気で、般若心経をよむと、よこしまくんの生き方がとても素直に思えたりする。

 何はともあれ、久しぶりにゆっくり本を読んだ。少しづつ日常が帰ってきているのかもしれない。いや、母のいない世界での、新しい日常が生まれているのかもしれない。




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