玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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深謝多謝

  1. 2013/12/25(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 母との突然の別れは今も信じ難く、寂しさなのか物足りなさなのか、何か忘れ物をしているような所在なさは如何ともしがたい。

 それはクリスマスなのに母の好きなフルーツケーキも注文せず、どこに出かけてもお土産を買う必要がなく、ここ数年、何を選んだら母が喜こぶだろうと頭を悩ませていたプレゼントも、もう送ることも出来ず、心が右往左往しているからなのだろう。あとどれくらい時が経てば、私は自然に生きていけるのだろう。息をすっても、息を吐いても胸が痛くならなくなるのはいつ頃だろう。

 今日握手をしてくれた人が居た。「今日できることを一生懸命して、前向いて行こう!」と言いながら、何度も何度もぎゅうっと握ってくれた。女の人とは思えないくらい強い握手だった。少しざらつく働く手だった。

 母の細いやわらかい手を思い出した。あんなか細い手じゃ、やはり生きられなかったかな、とも思った。

 何もないクリスマスに続いて、何もないお正月がやってくる。静かに静かに沢山の人を思い出す年末年始にしようと思う。もう母が言えなくなった「ありがとう」を今度は私が口にしなければ。深謝多謝。花に囲まれて母の写真が穏やかに微笑んでいる。

深謝多謝_01



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粟餅売り

  1. 2013/12/18(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 漱石の夢十夜、第八夜に「粟餅売り」が往来を通る様子が描かれている。今はもう無い粟餅売り屋だが、今回の朗読と音楽の演奏会、「夢十夜」で三味線を弾いて下さった常磐津文字兵衛さんによると、確かに明治の頃には粟餅売り屋がいて、曲弾きをしながら、これは評判、名代、なだぁ~いと掛け声をかけ、餅を切っては甘いお粉に絡めて売り歩いたのだそうであり、その様子を舞踊にしたものが今も残っており、常磐津の演目として演奏されるのだという。

 朗読の途中で、その掛け声と舞踊曲の一節を演奏して頂いた。もうそれはすばらしく、そこだけでコンサートを終えたとしても、十分満足がいくであろうほどの見事さであった。

 見事な演奏が思いがけないサプライズを生み出した。打ち上げの会場に餅つきの臼が用意されたのである。宴たけなわ、祝いの美酒に酔い、演奏会の余韻に酔う皆が、誰に促されるでもなく、よいしょっ!よいしょっ!と掛け声をかけ、手拍子を打ち、餅つきを見守った。

 私も、杵を持たせてもらった。その杵をふりあげると、ひゅ~っと会場の空気が引き締まる。振り下ろすとタイミングをみて、「よいしょっ」がかかり、餅に杵があたると同時に手拍子が入る。気持ちがよかった。そうか日本人はこうやって気持ちを合わせ、気合いを入れて、餅を搗き、出来上がれば出来あがったで、みなに振る舞い、分かち合うのだと、杵を下ろすたびに納得した。


 今回のコンサートは。母の葬儀もあって、充分な準備も出来ずにいた。悲しさと寂しさと忙しさで心底参っていた。「こんな時だからこそ頑張ろう、打ち込もう」と支えてくれた共演者、スタッフ、立ち見が出るほどの来場者、あぁこれこそ、餅つきの、この息あわせた「よいしょっ」のようだと、感極まった。

 母が良く言った。「自分にもしものことがあればお前は天涯孤独だ」と。「そうだね、しっかりしないとね」と答えて来た私だが、餅を搗きながら心の中の母に語りかけた「ママ、あたし一人じゃなかったよ」と。有り難さが、もろもろの有り難さが、又こみ上げた。


夢の一夜(第十夜)

  1. 2013/12/11(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 夏目漱石の短編、幻想小説「夢十夜」を朗読したいと思ったのは、その物語一つ一つのあまりに不思議な、あまりに人間的な、そしてあまりにイマジネェイティブな表現や構成が、私の心をとらえて離さなかったからだろう。

 父の本なのか祖母のものなのかわからないが、本棚で見つけた、布張りの改造社文庫は風格があり、手に持つだけで文学少女にでもなったような嬉しさがあった。旧漢字はもちろんだが、ルビにも昔が感じられ、本というより蔵書と言いたい気持ちにさせられた。


 何度読み返しただろう。読むたびに印象が大きく変わることに気づいたのはかなり大人になってからだ。そして朗読の会をスタートさせた。

 今回の夢十夜、第十夜には5世常磐津文字兵衛さんをお迎えすることが出来た、このシリーズをスタートさせる時から、ファイナルは文字兵衛さんでと願っていたのだから、まさに夢叶ってのステージだ。文字兵衛さんの魅力は言葉を尽くしても語りきれないが、ただこのコンサートをお聞きいただくだけで、その演奏やお人柄の素晴らしさ深さが、聴き手の心に染み通ってくるに違いない。

 「振り返れば一本道」という言葉を教えてくれた人生の大先輩がいた。長い年月の間には、様々な岐路があり、随分と迷ったりもするが、来し方を振り返れば、その軌跡は見事な一本道になっているという。

 「夢十夜」、事情も都合もあって毎年と言うわけにはいかなかったけれど、2002年から今回まで、10ステージの軌跡を残せることは、ただただ支えて下さった方がいてこその夢十夜だ。感謝の思いと共に沢山の方々を思い浮かべながら、お稽古も最後の追い込みである。

 12月15日、いつもの会場パリンカに、三味線が思いがけないほど力強く大きく響く。「いよぉ~~」っと文字兵衛さんのシブイ掛け声がかかる。漱石も驚くであろう、和の「夢十夜」が始まる。

夢の一夜(第十夜)_01



丁度千日

  1. 2013/12/04(水) 09:00:00|
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丁度千日 亡くなった人が行くところが天国なのか極楽浄土なのか、人も犬や猫や牛馬も同じ所に行けるものなのか、はたまた次の世もあの世も無いものなのか、まるで見当はつかないけれど、願わくば誰かが迎えに来てくれて、いやお迎えが無くても誰か心やさしい人が案内(あない)してくれて、縁の人と引き合わせてくれぬものだろうかと悲しいお知らせを手にするたびに、あるいは災害や震災のニュースを見るたびに思う。

 東日本大震災から今日12月4日で丁度千日になるのだという。随分時間が流れたように思う。が、私の姉家族同様、いまだに仮設住宅で暮らす人々が居て、海辺に近い町は瓦礫こそ撤去されたものの、廃墟のままで、震災被害の大きかった所とそうでないところの温度差は広がるばかりである。

 つい最近、震災を取り上げた番組はすぐにチャンネルを変えられてしまうという話も聞いた。いつまで被災地被災地と言っているのだと、励ましなのかお叱りなのかわからない投書も見たことがある。もちろん他人(ひと)ばかりではない、私自身も震災の日の恐怖感が少しづつ薄れてきている。

 だからというわけではないけれど、せめて節目節目に噂供養は出来ないだろうか。この千日、その冥福を祈り続けてきた人にプラスして、誰かを、あるいは人以外の生きもののことも、忘れてないよと呟いてやることは出来ないだろうか。私にも呟いてやりたい生きものがいる。

 あの日私の命を救ってくれたにも関わらず、自分は生き残ることが出来なかった馬ロンメルシチーだ。騎乗中はどんなわずかな指示にも敏感に反応する賢い生真面目な馬ながら、下馬した途端に顔をすりつけいつまでも甘えていた。たった一枚の小さな写真に呼びかける。

 「ロンさん、今どこにいますか、そちらに、たぶんそちらに私の母が行きました。馬が大好きで、馬の美しさ賢さを私に教えてくれた人です。見つけたら乗せて上げて下さいね。美しいロンさんと母ならまるでチョコレートの商標のあの馬と美女のようですよ。あっ父も探して下さいね。父はあのシンボリルドルフの健康管理を任されていたドクターですよ、きっと毛並みのお手入れもしてくれます。ありがとう、忘れてないからね。」


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