玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


堂々巡り

  1. 2013/09/25(水) 09:00:00|
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 天麩羅蕎麦がいいか、とろろ蕎麦がいいかでも随分迷う。温かいか冷たいかでまた迷う。冷やしたぬきもいいなぁ、いっそカレー蕎麦、と迷っていても隣の席に運ばれたとじ蕎麦を見て気持ちが揺れる。だしとネギが香り、天ぷらのはぜる音を聞きながら迷う。それはそれは、愉しい時間でもある。

 予算と時間の制限はあったけれど、どこに行こうかと海外旅行のパンフレットを広げたこともあった。

 「すき、きらい、すき、きらい」花うらないも、答えは二つに一つだけれど、花びらと呼べないような小さな一枚も数えるかどうするかでどんでんがえし。小学生の頃は懲りずに、飽きずによくやった。

 日々の暮らしの中でも、コーヒーにしようかお茶にしようかを選択する。ハンナの散歩もフルコースにしようかショートにしようか、犬との駆け引きが始まる。お買い物も、献立も、着る服も、持ち物も、いつだって選択を迫られて、決断を下している。時には無意識に、いとも簡単に右か左か、白か黒か。

 ところが母親の今後の治療についてはどうにも決められない。パーキンソンの薬の副作用で生じるせん妄と呼ばれる幻覚を押さえるためには、パーキンソンそのものの薬を減らすしかない。薬をやめれば身体はかちんこちんに固まり、自分の意思での運動機能は全て無くなる。

 患者に判断力が無くなった今、全てを決めるのはあなたですよ、と医者は言う。かちんこちんをとるか、魑魅魍魎が跋扈するせん妄をとるか、是々非々を説く医者と、決められない私との堂々巡りが続いている。



アリと国

  1. 2013/09/18(水) 09:00:00|
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 動物管理センターに保護された激ヤセ犬「アリーナ」の体調管理をお手伝いさせていただいて一カ月が過ぎた。薄ベージュ、あばら骨が浮き、お腹も背中も湿疹だらけ、初めて会った時には、その細さ小ささにラブラドールに良く似た柴犬かと思ったほどである。

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 発酵ハーブや高栄養食、消化のいい補食、などなどで始まった「太らせ作戦」は一カ月で思いがけない効果を生んだ。白髪(しらが)のように見えていた身体や顔の毛色が驚くほど濃く、こんがりトースト色なったのである。そして今週、あんなにくっきりしていた、あばら骨が見えなくなった。

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 お腹の調子も整ってきた。貧相を絵にかいたようだったヤセ犬は少し笑ったり、お腹を見せてひっくりかえったり、甘えたりするようにもなった。と、書けばめでたしめでたし、だが、ここからがこの犬の闘いだ。賢さあまって、すぐに脱走を企てる。虐待の記憶なのか大柄な男性には吠えかかる。生活習慣も躾も、まったく出来ていない。散歩も力の限りにひっぱりまくる。家庭犬としてのイロハはすべてこれからだ。
まだ若い、長いこの先の犬生(じんせい)を本人も飼い主も幸せに過ごすためには、地道な努力が双方に必要だ。

 もう一頭、なんともやるせない子が居る。震災時、仙台市国見(くにみ)地区で保護された国ちゃんだ。あれから2年半、誰もお迎えに来てくれないうえに、噛み犬である。いまだ予防注射もシャンプーもしてやれず、食事の世話や繋留もごく限られた職員しか出来ない。いつもヤセ犬アリーナ同様、他の犬とは離されて日向ぼっこだ。

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 が、この犬もこのところ、驚く反応を見せはじめた。栄養補助のおやつをもらうアリーナを羨ましがり、「欲しい」と自己主張するようになったのだ。毎日お世話をし、話しかけてくれる、ボイランティアさんや獣医さん達の努力の成果だ。時には優しそうな騙し顔もする。騙されてはいけない、筋金入りの噛み犬だ。事故を起こさないよう細心の注意をと自分に言い聞かせながら、国ちゃん懐柔策も私の目標の一つである。

 もっとも、私一人の力など、微々たるものだが、それでも無いよりはマシに違いない。ハーブも、栄養補助食もチーム富士丸の基金から買わせていただいた。物心両面で犬も私も支えられている。



虫すだく

  1. 2013/09/11(水) 09:00:00|
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 隣家で飼っている鈴虫が、毎日いい声で鳴いてくれている。それに加え草むらからは様々な虫の声も聞こえてくる。大合唱である。秋なんだなぁと、その声で思う。また、一年めぐって来たのだなぁ、と思う。

 その初秋のある日、動物愛護週間の行事で、長寿猫・長寿犬の表彰式が行われた。犬は17歳以上、猫は18歳以上、それぞれかかりつけの獣医師さんの推薦で、およそ100頭が表彰された。表彰状にはもちろん犬猫の名前がかかれる。読み上げられる名前は今とは違い、ごんた、チビ、たま、などなどオーソドックスかつ日本的で時代も感じさせる。

 「斉藤お兄ちゃん様、20歳」と読み上げられた時、ひときわ大きな拍手が起こり、会場のみんなの顔がほころんだ。20歳のご長寿なら猫に違いないが、どんな子なんだろう。スライドにでも映せたらもっといいのにと思いながら、拍手をした。が、スライドにしたら、映される子はみんな猫か、小・中型犬で、大型犬が17歳まで生きる難しさを突き付けられてしまうに違いない。

 ハンナも9歳になった。立派なシニア犬である。限りある命だ。食べる、寝る、遊ぶの単調かつ平穏な毎日を本当に大事にしてやらなければと痛感だ。表彰式から戻って、いつもより少し多めに構い、甘やかす。
 
 いつになくハンナは神妙な顔をした。犬は自分の年を自覚するのだろうか。
虫の音を聴いているのだろうか。巡りきた秋に物思いに・・・いやいやそんなはずはない。ただ単に、留守番の長さゆえの溜め息顔だ。

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そーらん

  1. 2013/09/04(水) 09:00:00|
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 犬はどんな時に緊張するのだろう。どの種類の緊張がストレスになるのだろう。極度の緊張が「噛む」という残念な事故につながることもあるし、ストレスが著しく体調に悪影響を及ぼすこともある。

 動物管理センターに収容された犬が、まったくストレスなしで生活することは難しいとは思う、がなんとか気持ちをやわらげてあげることが出来たら、「噛み犬」のレッテルを貼らずに済むし、穏やかな表情になれたら、譲渡会での新しい飼い主との縁も繋げるのではないだろうか。

 夏休み中静かだった、我が家の廻りの通学路も、小学校の体育館から聞こえる子供達の歓声も、今週からまた随分と賑やかになった。昨日からは体育祭の練習だろうか「そ~らん、そ~らん」の掛け声が一段と大きくなり、「ハイハイ」や「どっこいしょ~どっこいしょ」の合いの手も聞こえるようになった。

 犬の用足しにかこつけて、体育館の横を歩いてみた。子供たちが大きく両手を振り上げたり、舟をこぐ動きを練習をしていて、その声もなかなかの音量である。が、学校慣れしている愛犬ハンナは、大音量にも足を踏みならす音にも驚きもしない。体育館横の電柱の匂いを嗅いだり、草むらで好物の猫じゃらしの葉を齧るのに夢中である。

 センターの子ならどうだろう。しっぽを巻いて逃げたり、唸ったり、パニックを起こしてしまう可能性は大だ。津波を経験した子はいまだに水を見てすくむ。男性に虐待された犬は男性を怖がる。もう大丈夫と犬自身が思うようになるためには、やはり時間がかかりそうだ。

 手をかけてやりたいと思う。目を離さずにいてやりたいと思う。かわいそうだからなどという感情論ではない。大人として、人として、命との向き合い方を、子供達にこそ見てもらわなければならないからだ。愛するとは何か、守るとは何か、呼びかけ続けたいとおもう。「そ~らん、そーらん」いつか「ハイハイ」と、合いの手がかかることを信じて。合いの手、いや愛の手か。

20130903


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