玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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心配の種

  1. 2013/08/28(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 昔、何かの写真のキャプションにこんなようなのがあった。「心配ごとの種は地中深く埋めておけば、いつか思い出し笑いの花が咲く」

 心配ごとではなく、悩み事だったろうか。明らかにヨーロッパと解る薔薇の庭園でベンチに座る穏やかな表情の老婦人。青いタイルの壁。そんな写真だった。

あれから何十年も、出来うる限り、心深く心配ごとの種を埋め、そのうち咲くだろう思い出し笑いの花を想像した。いまだ花にはお目にかからないが、幸いなことに幾つ種を埋めたのかは忘れられた。

 この頃も種を埋める。一番は母の事だ。今朝も嚥下障害を起こし病院に救急搬送されたと電話があった。運よく応急処置も効いて事なきを得、昼過ぎには様々なお墨付きをもらって帰宅できた。一歩あやまれば窒息も考えられるし、誤嚥性の肺炎も命取りだ。が、ここで一つ種を埋める。先を案じ思いわずらっても仕方ない。どんなに気をつけても誤嚥は起こりうる。離れていれば駆けつけても間に合わないこともあるだろう。

 今朝はたまたま慣れた介護士がそばにいた。救急車もすぐに駆けつけ、応急処置で呼吸も楽になった。巡り合わせや時の運にも助けられた。これが真逆だったら、心配の種どころか哀しみの花だ。

 ただ一つ、埋めて解決しない、大きな黒い心配ごとの種がある。愛犬ハンナである。今日のように、緊急事態が起きた時、この子をどうしたらいいのだろう。家に閉じ込めて行くわけにもいかないが、おんぶしていくわけにもいかない。一刻を争う時、そしてもしかして数日帰れなくなるかもしれない時のことは考えておかなければならない。

20130827_01

おうち大好き、病院嫌い。甘え放題、超過保護。雷がごろごろ鳴り始めた今、黒い子は気持ちを落ち着かせるべく、コンプレス(ハーブによる温シップ)中である。あぁ埋められん、悩みの種である。

20130827_02


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太りたい

  1. 2013/08/21(水) 09:00:00|
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 太りたい、いやいや私ではない。
 ガムを両手にはさみ、ご満悦でおやつタイムを楽しむラブラドール犬、アリーナ(仮の名)は激ヤセ状態で動物管理センターに収容された。

20130820

 個犬情報も、その周辺事情も獣医師の守秘義務の関係で、明らかにされないが、こんな市街地だ、おそらく目撃者の通報でここまで痩せる前に保護されるであろう。飢餓状態になるまで放浪することは考えにくい。となれば、虐待か内臓疾患による激ヤセだろうか。

 性格はすこぶる素直。顔つきでもわかる通り賢く、目鼻立ちも悪くない。これであばらが浮くほど痩せていなければ、譲渡会に来てくれた人達もぎょっとはしないだろう。なんとか助けてやりたいと思う。太れないまでも、スリム犬ぐらいまでは持っていきたい。

 あとは、命の預かり主に出会い、家庭犬にさえなれれば、表情ばかりか毛づやもよくなるだろうし、何より、もう少しふくよかになれるに違いない。いつも思う、世の中悪いことばかりではない。捨てる神あれば拾う神あり。アリーナにだって今度は幸せが巡ってくるはずだ。拾ってくれる神様に引き渡すまでのあいだ、私たちが出来ることは何だろう。

 センターにも人にも慣れてきたアリーナ。何より人を疑うことをしない彼女は痛々しいほどフレンドリーだ。そして今、おやつに夢中だ。そのすぐそばで呟いてみる。「チーム富士丸はね、アリーナみたいな子を応援してるんだよ」と。「太りたいね、あたしは痩せたいけど」などなど。「くちゃくちゃ、くちゃくちゃ」ガムをかむ幸せの音が大きく響く。


ぼんみち(盆路)

  1. 2013/08/14(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 母がまた転倒して、介護の人を煩わせ、とんちんかんな受け答えを叱られたり責められたりしているが、それもこれも盆供養をしなければと思う故なのだろう。「お布施」と書くつもりで書き損じた何枚もの封筒やこぼれた墨も、離れて暮らす娘は片付けてやることも出来ない。あの白い細い指も真黒になっているに違いない。

 が、思うようになることも、ならぬことも、心静かにうけとめよう。

20130813_01

 庭のブルーベリーが色づきはじめた。

 ミニトマトもひとつ、ふたつと、緑から薄赤になってゆく。

 バジルはだいぶ虫に食べられたが、紫蘇は青々と葉を茂らせている。

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 緑のカーテンになるはずだったゴーヤは暑さにやられて、小さいまま黄色くなったけれど、その横にひょろひょろと、私の背丈を越えてユリが伸びてきた。
 ご先祖様を迎える盆路(ぼんみち)は花と実と緑にあふれている。

20130813_02

 昨日川からレスキューされた痩せこけた柴犬も、太陽に焼かれながらも茎を伸ばす植物も、衰えてゆく母も、支えあぐねている自分も、みんな頑張る生きものの一つ。この炎暑の中で、頑張る頑張る生きものたちだ。




カメラ考

  1. 2013/08/07(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 友人が訪ねてきて、一眼レフでハンナの写真を撮ってくれた。ハンナはその友人が大好きだが、首から下げた大きなカメラとシャッター音にどうも馴染めない。ここぞという表情をとらえたくて友人はコーヒーを飲む間も惜しんでハンナを追い掛けてくれる。が、さりげなく逃げまくり、ぷいと横を向く。

 しばらく前から、私もカメラを新しくしようかと思っていた。が一台目のデジカメは連写スピードが遅く犬の動きをとらえられない。2台目のカメラは設定を変えても、色が沈み、どうも料理の色がうまく出ない。3度目の正直で大枚をはたいて、また不満足だったらと思うとなかなか決断がつかない。そうこうしているうちに大震災にあい、家の建て替えもあり、写真どころではなくなった。

 また写真を撮りたいと思ったのは、何も無くなった庭に帰ってきた植木達を見た時だ。窮屈な鉢でもせいいっぱい花を咲かせてくれる。けなげさに思わずカメラを向けたくなった。さらに驚いたのはこぼれ種だろうか、思いがけない所から懐かしい芽がでたり、葉を茂らせたりする様子だ。

 山椒の根元にはまさかの茗荷(みょうが)がしゅるしゅると伸びて来た。チュウリップの鉢にすずらんが顔を出し、紫陽花の根元からは秋海棠(しゅうかいどう)が大きく葉を広げている。珊瑚草と仲良く伸びる三時草。なんとかわいらしいのだろう。これらの草花を写真に撮って、手帳に貼り、草花カレンダーを作れば、季節の移ろいが一目でわかる。などなど思いはするが撮影技術の伴わない私には、カメラ選びは難しい。またしても、決断がつかず、スマホで間に合わせてしまう。

 被写体の一番はもちろんハンナだ。くるくる動く目も豊かな表情も、シニアならではの分別顔も、小犬時代を彷彿とさせるやんちゃな顔も、撮ってやりたいのだが、はてどんなカメラがいいのだろう。そう思う私の所に一眼レフで撮ったハンナの写真が届けられた。あぁなんというカメラ目線。床のほこりもはっきりと。ますます、ますますカメラ選びが足踏みになる。

20130806



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