玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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神だのみ

  1. 2013/07/31(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 深夜や早朝に電話が鳴った時、まず浮かぶのは離れて暮らす母の事だ。受話器をとるまでの数秒のあいだに、「ヤダな」「マズイかも」「たのむから」「あぁなんとか母でありませんように」などなど、相当量のフレーズが花火のようにドーンぱらぱらと頭の中に降ってくる。

 今朝の電話もそうだった。そして祈った全てはハズレ、告げられたのは、ベットから転がり落ちて頭痛を訴える母の様子だ。

 幸い、大事には至らなかった。手を貸してくれる人も、病院での検査を手配してくれる人も、母に付き添ってくれる人も、手配がついた。が、いざとなれば駆けつけなければならない状況での、こちらの準備もまた並大抵ではない。レッスンをお休みさせていただく電話かけもしなければ。長時間留守番をさせる愛犬の食事やトイレはどうしよう。新幹線の時間と空席も調べなければならないし、まとまったお金も心づもりがいるし、しばらく戻れなくなることも考えれば、着替えも必要だし、病院に泊まり込むことを考えれば和服だけでなく、洋服も必要だ。万が一の準備も要るだろうか。頭の中はふたたびドーンぱらぱら、どーんぱらぱら、となる。

 「経過を見ましょう」と、ありがたい検査結果を聞けたのは、午後になってからだ。旅支度のあいだ不安な面持ちで遠くから私を見ていた愛犬は、荷ほどきがきっちり終わるのを見届けて、高いびきをかきはじめた。

20130730_01

 鳴りつづける電話、不穏な口調、犬は人の言葉は判らないが、空気を読むことにかけては人以上の時がある。大丈夫、大丈夫と犬の頭を撫でながら、もう、大丈夫な状況でも、神だのみでも無くなってきている事を痛感する。


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舟に乗る

  1. 2013/07/24(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 数か月前のこと、一本の電話に驚いた。私を推薦したいという。高校生の演劇コンクールの審査員としてだ。電話をくれたのが旧知の照明技術やさん。しばらく前になるが、仙台市の舞台技術者養成講座で講師としてご一緒した方だ。いまはもうその企画は無くなってしまったが、劇都仙台といわれていた当時、音響、照明、舞台美術の技術者を目指す若者たちが、プロから舞台のイロハをお習いできるという講座だった。

 講義のあとは実技、照明の仕込み、効果音づくり、金槌片手の舞台装置作り。一歩間違えば大きな事故と隣り合わせの舞台ゆえに、その指導にも熱がはいり時には怒号も飛び交い、受講生の中には予想通りこの辺で脱落者も増えてくる。全ての講座が終わる半年後、照明チームは皮手袋が板に付いて明り屋らしくなってくる、大道具チームは腰からぶら下げた金槌袋がさまになり、音響も他のチームの邪魔にならないような連携プレーが身についてくる。

 その稽古ぶりを見た私は、受講生が習得した技術を全て生かせる芝居台本を書く。暗転もあり、電話のベルも鳴らし、雨も降らせ、時には雪や花吹雪も筋のなかに盛り込んでみる。ドアの開閉も窓の外を走る車のヘッドライトも、役者が上り下りする階段も舞台上に作らせる。

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 そんな台本書きと舞台演出を3年やらせていただいた。もし好景気が続いていて、講座が打ち切りにならなかったら、私は今でも嬉々として台本を書いていたに違いない。未来に向かって懸命に学ぶ若者たちは、エネルギーに溢れ、そばにいるものまで巻き込む熱いものを持っていた。

20130723_1

 その舞台のことを遠い昔にしてしまっていた私に、思いがけない今回のお話である。様々な審査と会議を経て、私は無事、審査員の末席に加えていただいた。10月のコンクールに向けて、高校生たちは立ち稽古を始めた頃だろうか、この夏休みに大道具や衣装を作るのだろうか。想像するだけでわくわくドキドキである。が、つい先日かかってきた電話でまた驚かされた。「覚悟して下さいね、二日間缶詰で出場校は17~8、審査も体力勝負ですから」と。

 いえいえ、乗りかかった舟、いや乗ると決めた舟。負けるわけにはいきませぬ。きっと使い果たす体力以上に彼らから返ってくるエネルギーは大きいに違いない。吸い取るぞぉ~。ドラキュラみたいに吸い取るぞ~。若者よいざ覚悟!



子供の声

  1. 2013/07/17(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 一泊二日で東京に出かけた。ひと月早いお盆のお参りが主目的だが、震災以来ご無沙汰の続いていた知人友人に会うのも今回の上京の楽しみの一つだった。

 3年ぶりにお目にかかったご夫妻は少し耳が遠くなっていた。あっ、年とった、と感じたが、きっと相手も私を見てそう思ったのかもしれない。

 がんと闘う友人は薬の副作用で表情が変わっていたが、「よぉしばらく」と片手をあげ、別れ際には「じゃぁまたな、こんど仙台行くよ」といつも通りのセリフだった。
 言葉に力はあったけれど、老けたな、とここでも思った。

 母親を海外旅行に連れて行った孝行娘の友達は、クロアチアやボスニアヘルツェゴビナの写真を広げながら、私には未知の国々の話をしてくれた。街並みも教会も海も、友達親子が写っていなければ、古い昔かと思うような光景だ。

 ひょんなことから渋谷で開催されている選挙フェスタ、音楽イヴェントにも顔を出すことになった。旧公会堂に向かう道、反核や原発うんぬんとデザインされたTシャツの若者が増えてくる。和服でそこに分け入るには気合いが要ったが、久しぶりに生音も聞きたかったし、なによりミュージシャンや音楽事務所の面々とも会いたかった。

 ステージを見下ろす二階席に立ち、ステージとステージを囲む若者の声を聞く。私は共に拳を振り上げることも、アジることもしないが、ここにいる人はみな投票に行くのだろうか?とふと思った。そして、全ての政治家にも、全ての有権者にも、今演説をしている立候補者にも、拍手を続ける若者にも聞いてもらいたいと思う歌を思い出していた。震災後、ラジオから流れてきたこの岩手県二戸市の幼稚園児達が歌う「空より高く」を私は何度聞いただろう。そして何度襟を正しただろう。著作権があって歌詞は書けないが、YouTube,IBC岩手放送の録音が再生できる。子供の声ならではの熱いものが胸に伝わってくる。守るべき子供達の声が、未来が、まっすぐ、まっすぐ
伝わってくる。



チケット

  1. 2013/07/10(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 仙台はこんなにもチケットが取りにくい所だったろうか、それともたまたま即日完売の演奏会や芝居を狙ったのだろうか。

 いつでものんびり構えていた私も、これも完売、あれもダメと続くものだから、前売り情報に過敏になる。3カ月も先のお切符を買って、おっちょこちょいの私の事だ、忘れてしまうのではないだろうかとドキドキしていたら、昨日広告を見つけたコンサートは来年4月のものだという。

 そんな時代になったのか、被災地も余裕が出てきたのか、私に余裕が無くなったのか、どちらだろう。買えなかったのは「頭痛・肩こり・樋口一葉」。買って3カ月待ったのは「辻井伸行日本ツアー2013」。そして来年4月は「佐村河内守の交響曲第一番、HIROSHIMA」だ。

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 数年前まで、もう少しチケットが取り易かったような気がするのは、思い違いだろうか。上京のたびに、時間を見つけては映画や芝居を見た。歌舞伎座では幕見が容易だったし、野田MAPでさえ、並んで当日席が取れたりした。いまや芝居の初日が開け、評判を聞いてからではもう遅い、どこもかしこも完売だ。仙台に戻る最終新幹線の中で、小さな劇場で観た映画のパンフや鴻上芝居で貰った手書きのメッセージを読む楽しみは遠くなってしまった。

 冷静に分析してみよう。演劇人口や音楽人口が増えたということだろうか。小さな映画館が減ったということだろうか、当たる芝居、当たる映画しかかからなくなったということだろうか。

 今日は思いがけない所で、音楽談義に花が咲いた。「おふくろが音楽が好きでして」との前置きのあと、素敵なお話を聞かせていただいた。どうしても聞きたいコンサートのチケットを手に入れるために、70歳を過ぎたおかぁ様がチケットぴあに並び、ご子息がお供をして佐渡裕を聴いたという。初対面の私への気遣いもあって、実に穏やかな話しぶりながら、その感動は生き生きと伝わってくる。

 あぁ、私の欲しかったのも、この生き生き感だと、お話を聞きながら大きく頷いた。震災以降、先の事など判らない、今日の事で精一杯。そんな生き方に傾いていた自分に、大きな時間軸を思い出させて頂いた気がして、頭痛・肩こり、いや、暑さも忘れる一日になった。



笹かざり

  1. 2013/07/04(木) 17:51:33|
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 仙台の母が入居していた、病院併設の老健施設では、毎年この時期に食堂ホールに大きな笹竹が運び込まれ、入居者さん達が書いた色紙の短冊が結び付けられる。入居して間もないころの母は自ら筆をとり、太く立派な字で「はやくお家に帰りたい、ゆき」とか「家族みんなが健康でありますように、ゆき」などと書いてくれており、沢山の笹かざりの中から、母の筆跡を探すのも楽しみな事だった。

 翌年は「もっと甘いものが食べたい」だったか「おいしいものが食べたい」だったか、母らしい短冊だったが、もう筆ではなくボールペンで、すこしくにゃくにゃした文字になっていた。

 短冊はおろか季節の行事にもあまり関心を示さなくなるまでに、それほど時間はかからず、その後は、いつでも機嫌良く、多くを望まない静かな暮らしが長く長く続いた。

 動物達はどうなのだろう。遊んで!遊んで!とケージから愛らしい手を伸ばす仔猫たちも、撫でてくれ、かまってくれとスリスリしてくる成猫たちも、このままケージでの生活が続けば、いつかは何かを諦め静かに暮らすようになるのだろうか。

 昨日、仙台市動物管理センターで行われた臨時譲渡会で、仔猫30頭と成犬6頭の譲渡が決まった。平日だったことや、雨が降り続く一日だったことを思えば、大盛会の譲渡会と言えるが、大型を含む20数頭の犬とまだまだたくさんの仔猫が次の機会を待っている。

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 シャーシャー唸る猫をここまで人慣れさせてくれたセンター職員やボラさんや、獣医さんの日々の愛情に感謝しつつ、支援を続けてくれている方や、かわいい嫁入り道具の首輪を作って下さった方に、心からのありがとうを込めて、今年はわんにゃんの分の短冊を書いてみようかと思う。「いっぱい抱っこしてほしい。ラビ」「もっともっと甘えたい、ガリレオ」そして、かつて母が自分の事だけでなく家族を安じてくれたように、昨日新しい家族と出会えた36頭の幸せと、支援し続けてくれる皆さんの健康とを祈って、筆で大きな字で。





経過報告

  1. 2013/07/03(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 本日10時より行われる、仙台市動物管理センター、成犬譲渡会、猫譲渡会の結果報告も合わせて更新させていただきます。



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