玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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要求吠え

  1. 2013/06/26(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:1
 震災から一年たった時に、もっともっと犬猫の事を勉強しなければと、飼養管理の資格を取った。今年は子犬のしつけ指導者の資格も取らせていただいた。そこで学習したのが「要求吠え」という犬の問題行動だ。遊べ!メシよこせ!留守番はヤダ!と吠え続けるわがまま犬をどうしたら、おりこうさんに躾られるかというテクニックである。興味深く講師の話を聞いた。

 実は愛犬ハンナが、ひと月ほど前から「要求吠え」をする様になっていたのだ。草木も眠る丑三つ時、いや、もう少し早く、ニュース番組が終盤に差し掛かる頃、驚くほど大きな声で吠え続けるのだ。テレビを消し、外灯も消して私が寝室に移動すればピタリと収まる。どうやら「寝ろ!」と言うことらしい。

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 ここで学習の成果を生かせればいいのだが、あまりに真剣に、あまりに必死に吠え続けるハンナを見ると、教育いかんよりも、愛おしさが勝ってしまう。余震が怖かったこともあるだろう。おやすみなさいの時ぐらいそばにいて欲しいのだろう。そんなささやかな要求のために、渾身の力で吠え続ける犬を抱きしめてやらずにいつ、とおもった途端に口をついて出るのは「ヨシヨシ」となる。
 
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 震災から2年もすぎたのに、言いようのない不安に襲われるのは犬や猫だけでない。
 仮設住宅に出向き「傾聴ボランティア」を続けている友人からこんな話を聞いた。「また夏が来て、プールが始まったけれど、子供達はプールどころか水洗トイレの水音さえ怖がるんだよね」と。

 子供も大人もハンナのように吠えられたら、少しは痛みが軽くなるのだろうか。もう2年と人は言う。けれど本当に「もう」だろうか。「まだ」2年なのだと私は思う。その「まだ」にどう向き合うか。私も、教育現場も、ボランティアも正念場である。

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猫勝負服

  1. 2013/06/19(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:3
 動物管理センターの獣医さんから相談を持ちかけられた。来月も行われる仔猫譲渡会の時に、より仔猫をかわいらしく見せるような工夫はないだろうかと。
 ある先生は、美容室のシャンプー済みの仔がつけてもらう髪飾りのようなものをという。ある先生はやはりリボンと鈴だという。ところが毎日お世話をしている先生に言わせると、全身離乳食だらけになっている生後7~8週の仔猫たちでは、あっという間に汚れてしまうし、くんずほぐれつ、だまになって遊ぶ仔猫にはまだ首輪は無理ではないかと言う。

 それぞれのケージを覗いてみた。明らかに兄弟と判る毛色の5~6頭が団子のように固まっていたり、数え間違えそうになるほど、じゃれあって動き回る。センター長が言う「仔猫だけでなく成猫もかわいくしてもらえませんか」と。手のひらサイズの仔猫を見たすぐ後に、成猫舎を見ると、顔のでかさもずしんと来る重量も、まるで違う生物のようにさえ思えてくる。この猫たちなら、やはり首輪だろう。毛色や目の色に似あう、出来ることなら梅雨空を吹き飛ばしそうなビビットな色がいいに違いない。

 仔猫は小さすぎて市販品では間に合わない。成猫はでかすぎて市販品が窮屈そうに見えてしまう。長毛種は例の髪飾りも出来るが、日本猫は昔の猫がしていたような前垂れつきの首輪か、丸ぐけの帯じめのようなふっくらした紐を作るしかないだろう。
 短期間に何十頭分ものおしゃれ首輪を作ることは出来るだろうか。縫い物が得意で、かつミシンを持っているのはスタッフで一人だけ。私は布をバイアスに切るのも怪しいほど大雑把だし短気だ。出来るだろうか。

 その時だ。天使の声、いや悪魔の呟きを聞いてしまった。センター長が「去年は何だかだ言って、600頭を超える猫たちを譲渡出来たんだよね、すごくないその頭数。そのほとんどが富士丸ご飯食べさせてもらったんだよね、首輪も随分貰ったよね、感謝だねぇ」と。私の目の前に猫の顔が浮かんでくる。クロネコ、キジ猫、トラ猫、白ぶち、八割れ。いやぁ600も並んだら壮観だろうなぁ。その600頭が少なくとも一人か二人の人間を癒したりなごませたり、時には生きる支えになっているとしたら、そこに生まれる幸せの数は倍にも三倍にもなっている。

 「やってみますね、はいはい、馬子にも、いや猫にも衣装ですね」頭の中はもう布探し。紅絹(もみ)もあったなぁ、ハンカチも切るか!と。


沈思黙考

  1. 2013/06/12(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
 老親を抱えているとさまざまな事を考える。万が一あるいは不測の事態を思い描き対策をシュミレーションして、気持ちも身体も万全にと思う。が、いざという時、突きつけられる現実は想定をはるかに超えてしまう。

 親の老いのスピードも驚くばかり。介護支援も行政のありかたも間尺にあわず、娘としての私の決断も、日々崖っぷちでの選択を迫られる。

 そんな私の頭の中で鳴り続けているのが、童謡「ぞうさん」だ。
 ぞうさんぞうさん おはながながいのね そうよかあさんもながいのよ。
 ぞうさんぞうさん だぁれがすきなぁの あのねかあさんがすきなのよ。

 鼻ぺちゃの私は、母に似損ねたが、気質は母ゆずりだと思う。そして、さんざ逆らい、苦労をかけた昔も、少し毀(こわ)れた今も、実は母がだいすきなのだと思う。
 まどみちお作詞のこの歌。ふかいなぁ、すごいなぁと感心することしきり、いやいや、感心ばかりしてもいられないのだが。



もう一度

  1. 2013/06/05(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:1
 持病のパーキンソンもだが、認知症も進んだ母を5月の連休にようやく新築の家に連れてくることが出来た。母の外出といえば病院と家の往復。新幹線に乗るのも、宿泊を伴う旅も、数えてみたら17年ぶりである。

 新築の家は全て車椅子仕様。駐車スペースからのスロープも、段差のない家の作りも、無駄と思えるほど広いトイレや洗面所も、介助者にとっては狙い通りだが、母にとっては快適で負担のない分、印象に薄い二日間となった。

 予想した通り、母はどこに出かけてきたのかを覚えていない。あんなに喜び、あんなに楽しそうに笑ったのにである。桜などまだ蕾だった寒い連休なのに、弘前城の桜見物に出かけたと言いだす始末だ。

 ところが、我が愛犬、ハンナと過ごした事はしっかりと覚えている。ハンナが居るところは、弘前ではなく仙台だと説明をすれば「あら、そうだわね」とすんなり間違いを認めるが、ハンナには会えたけれど、娘には会えなかったと、これまたわけのわからないことを言い始める。17年。長い長い闘病、言い換えるなら長い介護でもある。もう話しのつじつまの合わないことくらいで言い争いにはならない。怒りも嘆きも確執も、認知症には敵(かな)わない。

 車椅子を押すたびに浮かんでくる一つのイメージがある。私の2.3歩前にもう一人の私が居て、こちらを振り返り、母と私を包み込むように穏やかに微笑んでいる。幻覚が見える認知症があることも知らなかった。もの取られ妄想の苦しさも、金銭感覚のズレも、もっと早く気づいてあげられなくてごめんと言いながら、私たちを見て、私が微笑んでいる。

 喧嘩をしなくなったからだろうか、優しく世話をする私は、どうやら娘とは違う人物らしい。誰なのだろう。片やハンナ。教えたわけでもないのに、かいがいしく介助犬のように母に尽くした。車椅子を先導し、寄り添い、夜中のトイレにも付いていって、震える母の手を舐め続ける。それら一つ一つ全てが母の記憶に刻まれた。

 時々母から電話がかかる。「もう一度、ハンナに会いに行きたいわ」と。「もう一度」は実現出来るだろうか、母もハンナも元気なうちに。

もう一度_01 もう一度_02


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