玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


桜めぐり

  1. 2013/04/24(水) 09:00:00|
  2. 週刊「玉能回路」
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 いつもの年なら、酔いに任せて桜まつりの喧噪の中を歩き続けたり、もう充分に遅い時間に、歩道橋からぼんぼりの消えた公園を眺めたり。話すことと言えば近況報告と、なんとなしの新年度の決意表明。つまりは酔っ払いのたわごと。気持ちもお腹も万歩計も充分になった頃、タクシーを見送るダンディに手を振って、私の春の一日が終わる。

 が、去年から不思議な桜めぐりが始まった。待ち合わせの目印はどこかの桜の木の下。そこから空を見上げ、お寺の門をくぐり、ひたすら歩き続けて花を愛でる。職業で言うなら女優と音楽家。古くからの知り合いなれど、それまで個人的な接点があったわけではない。まだ歩けるかしら?もう少し大丈夫?と尋ねながら、いったいいくつの桜名所を案内しただろう。芝居の話も音楽の話もせず、人のうわさも、身の上話もせずに、まるで私までが役者になったかのように花愛でる人として非日常を楽しんだ。

 今年はそこに絵描きが加わった。散歩コースを少し拡大して車での花めぐりになった。女三人さぞやかしましくなろうかと思った予想は見事に裏切られ、それぞれがそれぞれの興味関心でポツンと呟く。「へぇ」とか「そうね」と短く相槌が返ってきて、また次の呟き。私は右折だ直進だとナビをしながら花街道を案内する。所要時間15分ほどの距離を半径にして蚊取り線香の渦のように、外周から少しづつ、やがて我が家のご近所に到達して、民家の庭先や小さな公園や学校の桜を通り過ぎる。

 昨日、女優から手書きイラストの葉書が届いた。絵のような文字、台詞のような洒落たお礼の言葉。蛍光ペンを巧みに使って描いた桜並木の下を走る青い車、窓に三つの笑顔。読み返すたびに、「私も嬉しかったわ」と呟いてしまう。

 絵描きからは語り口そのまんまの雅なメイルが届いていた。謎だった深い紅色で俯(うつむ)いた桜の名前が図鑑を調べたて判った事。お花見弁当の御礼や花めぐりを小旅行に例えるあたり、やはり画家らしいまなざしだ。

 私はと言えば、桜好きの桜知らず。来年はソメイヨシノだけでなく花の名前も覚えよう。空を見上げ、桜に見つめられ、混乱を深める母のことも、増え続ける保護猫に追いつかないボランテイア不足も、先の決まらぬ新年度の落ち着きなさも、全てすとんと忘れたとびきりの一日。桜の魔法である。



数字の零(ゼロ)

  1. 2013/04/17(水) 09:00:00|
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 震災から丸2年を迎える3月10日に、仙台市動物管理センターで被災動物の慰霊と感謝の会が行われた。2年も経ってから?なぜ感謝の会?と思われる方も多いだろうが、実は2年過ぎてようやく開催できた慰霊祭なのである。

 その会で私は司会をさせていただいた。仙台市内だけでも死者行方不明者1,001名、建物の全壊と大規模半壊は138.454軒に上る。その数字を読み上げながら改めて、史上最大と言われた震災の大きさを思い知らされた。おそらく、人と共に暮らしてきた動物達も沢山犠牲になっただろうが、その数も実態も明らかではない。

 ただその時、命からがら動物と共に避難してきた方々や何とか生き延びた動物達のために出来る限りの支援をと、立ちあがったのが仙台市被災動物救護対策本部だ。私も全国のチーム富士丸メンバーの応援を力にして、対策本部の置かれた動物管理センターに通うことになる。

 数字を改めて書いてみよう。その対策本部に震災後から2年の間に収容された犬猫は1,251頭、失踪情報が寄せられたのは1,169頭。しかしその差82頭などと単純計算は出来ない。1,169頭もの捜索願いが出たにも関わらず、飼い主と再会を果たしたのは610頭。559頭の飼い主はいまだ我が子に会えずにいるのである。駄目だったのかもしれないと思う気持ち半分、どこかで生きていてくれるのではと思う気持ち半分。だから慰霊の会ではなく、「私の家族でいてくれたあの子」への感謝の会なのである。

 もう一度引き算をしてみよう。1251頭のうち610頭が家族のもとに戻り、センターに残ったのは641頭だ。そのうち560頭がこれまで譲渡会などを経て新しい家族に巡り会い、今は幸せに暮らしている。最後の引き算、残り81頭には81のドラマがある。収容されたものの力尽きた子、病気に勝てなかった子、せっかく家族が出来たのに長生き出来なかった子、そしていまだセンターの長老の座にいる子、実に実にさまざまである。

 一つ嬉しくて誇らしい数字を書いてみよう。0。零、ゼロである。これは平成24年度、仙台市の犬の殺処分の数だ。ゼロ。震災で天に召されたあの子たちに誇れる数字であるとともに、ゼロを生み出したみなさんに感謝の数字である。


支援活動(哺乳ボランティア)

  1. 2013/04/10(水) 09:00:00|
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 昨春哺乳ボランティアをした方と親しくお話をする機会があった。哺乳ボラさんと呼ばれる彼女たちは、仙台市の動物管理センターの依頼を受けて、保護された赤ちゃん猫が自力で食べ排泄できるようになるまで、仔育てを引き受けてくれる人たちだ。

 心無い人に捨てられた目も開かない小さな猫が動物管理センターにやってくる経緯は様々だが、その子達の命を助けようと母猫がわりに育ててくれる方々も実に様々な努力をして下さっている。2時間おきに人工栄養を与え、お腹を刺激して排泄させ、ふき取ってやる。仔猫を冷やさないように、哺乳で誤嚥をおこさないように、感染症や脱水にならないように、しかも一腹5~6頭すべての面倒を見るのである。

 管理センターの獣医師も夜間や休日自宅に連れ帰って育て親をしたり、センターの保護犬猫のお世話をして下さっているボランティアさんが仔猫ラッシュの期間哺乳ボラも兼ねたり、他の母猫が自分の仔だけでなく保護猫も育ててくれたり、まさに猫の手も借りる忙しさなのだ。

 仔猫が病気になればセンターの獣医師が対応し、ミルクや仔猫ご飯は震災以降、チーム富士丸の支援が途切れた事はない。そして独り立ちし、社会化と躾を受けた猫はワクチン接種をされ、譲渡会を経て嫁入り、婿入りするのである。そこまでは私も知っていた。が、管理センターがお休みの土日や深夜、病院にかかる経費も、足りない離乳食も結局はボラさんの自腹になってしまうことまでは知らなかったし、ボラさんが自宅で飼っている猫たちが見事に親がわり、兄弟がわりをしてくれる様子もお話を伺い、写真を見せてもらって始めて判った。

 本来はノラ猫などいないのが一番で、避妊をしてかわいそうな仔猫を産ませないのが一番だとわかってはいるが、今目の前で、生きようと、生きようと母猫のおっぱいを探してうごめく仔たちの姿を見たら、哺乳ボラさんは助けずにはいられない。その献身に頭が下がり目がしらが熱くなる。

 私は、チーム富士丸の窓口を始めた時から、事の是々非々、自分の非力、チームみんなの思いをかかえながら、バトンを待つリレー選手になったような気がしている。今年もへっぽこ選手の私にバトンが渡された。哺乳ボラは出来ないが、手のひらにパシッと音をたてたそのバトンを持って、持久走が始まった。


支援活動(チーム富士丸)

  1. 2013/04/03(水) 09:00:00|
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 「信じていれば~きぃっと伝わるぅう~」NHK朝の連続ドラマのテーマソングを大声で歌いたいような気持ちに、今日は何度なっただろう。送られてくる現金書留には4月2日の期日指定印、宅配会社には何日も前から配送日指定の荷物が積み上げられていた。震災から2年も過ぎたにもかかわらず、厚い支援の心がわんにゃんのお口の手前までもう届いている。

 まさに全国区、北は北海道から南は沖縄まで、チーム富士丸のゆる~い呼びかけに、こうまで沢山、荷物や書留が仙台窓口に届けられた。嬉しかったのは初参加の方も沢山いらしたこと、さらに嬉しかったのは、毎回送って下さった常連さんがいつも通り自分の名前の隣りに愛犬愛猫の名前を書いて下さる事。寂しいのは何頭もの愛犬愛猫がこの2年の間に虹の橋を渡ってしまった事。

 敢えて差出人の所番地を表記しない人、丁寧なお手紙をつけて下さる人、久しぶりだにゃぁ、と、わんにゃんの写真を入れて下さる人、募金活動の代々木公園でいっしょに寒さに耐えて下さった人、箱つぶし位しかできないわが愛犬ハンナにまでねぎらいの言葉をかけて下さる人、私たちは遠くに住む友人に会えたり、便りを貰ったような気持になっている。

 今回11冊目になる宅配便の伝票台帳。すでにぼろぼろになりつつあるアイウエオ順のお名前台帳。「ねぇ始めて送った日の事、あなたは覚えてるぅ~?」私は覚えてますよ。一箱一箱、開梱した時のこと、あなたのお名前をノートに書かせていただいた時の事、書きながら、このフードの一粒たりとも、送っていただいたお金の一円たりとも、決して粗末にしませんからと自分自身に言い聞かせた日の事。

 さて、わんにゃんにはなんと言い聞かせよう。「こぼすな残すな元気に育て!」こんな感じでいいだろうか。すごく大変ですごく幸せな、チーム富士丸仙台窓口、始動しました。もろもろのご報告、ゆるゆるなれどお許しを。


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