玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


身体表現

  1. 2013/02/27(水) 15:00:00|
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 「被災動物の社会化支援のための指導者養成講座」というのを受講して今日で3回目になる。午後の4時間、ぶっ続けの講義、睡魔との闘いになるかと思いきや、底冷えするビルの会議室は寝ようと思ったところで寝られるものではない。しかも今日の講義は「犬と猫のボディランゲージ」。被災犬猫のためにも、我が愛犬のためにも、うとうとなどしていられない。

 何年か前にも、犬や猫の身体表現、カーミングシグナルについて勉強したことがあった。猫が背中を高くし、総毛だててフー、シャーと唸る「来るな!」や、犬がしっぽを下げて低く唸る「来たら噛むぞ!」の威嚇の他にも、あくびは緊張を和らげるためだったり、前足をのばす背伸びが「遊ぼう」のサインであることをその時知った。が、今度の勉強は、震災で心身共に傷つき恐怖心から抜け出せずにいる犬猫や、人間との上手な関係を持てなくなってしまった動物を救う手立てである。居眠りなんて、とんでもない。

身体表現 配られた資料を順々にめくり、講師の話を細大漏らさずメモにする。が、おやっと思い始めたのである。我が愛犬、どうも教科書とは一致しない。来客のたんびに「遊ぼう」と同じサインでお辞儀をする。けれども挨拶が終われば別に遊ぶ気など無くそっけない。アイコンタクトを取りたがるし、ストレスだと言われる口パクやもぐもぐはごちそうを待つしぐさだ。白目で見上げるのは不安ではなく、なにかいたずらを思いついた時のいつもの表情だ。いやはやとんちんかんな育て方をしてしまったのだろうか。

 カーミングシグナルを出すのは犬猫だけではない。相手を受け入れたくない時、緊張が続く時、不安を抱えた時、人はものすごくわかりやすいサインを出して距離感を保とうとする。逆はどうだろう。犬の「遊ぼう」のように、友好的であることを伝える時、人には決まった仕草はあるだろうか。

 講師は身振り手振りを大きくして、ここが聞きどころ、ここが今日のポイントと言わんばかりの熱演になる。が、もう私の空想妄想は止まらない。きっと愛犬同様、半眼熟考、嬉しそうな顔をしているに違いない。 






樹木の声

  1. 2013/02/20(水) 09:18:30|
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今からどれくらい前の事だったろう、理科のテストだったろうか、いや社会科だったろうか、枯れた冬木立の写真が印刷された問題用紙だった。
夢見る夢子に育てられたわが娘は、冬と書くべき回答欄に、春を待っていると書いて大きなペケをつけられた。
私の事だ、きっと「素敵!」とかなんとか言って、ペケの上に花丸でもつけたに違いない。

「負けるな、それでいい!」とその時、私は思った。
娘はそのまんま大きくなり、大丈夫だろうかと思うほどのんびり、おっとりの母親になった。
今頃の季節、冬枯れの道を歩くたびに思い出す。 

樹木の声我が家の庭にも、冬枯れの樹が十数本。大小様々な植木鉢仕様になって帰って来た。放っておいても大丈夫だった地植えと違って水加減が難しい。葉っぱの色が今ひとつと思っているうちにチリチリに赤茶けたり、枯らさないようにと水をやりすぎて根を巻いたムシロがむき出しなったりする。

家を解体する時に、移植に耐えられない老木はみな伐った。 かろうじて残ったのは柚子やミカンの常緑樹。 父、母が大事にしていたモミジやさくらんぼ。 山椒と椿と薔薇はバケツほどの小さな鉢になった。

頑張れ!頑張れ!と水をやり、偉い偉いと小さく角ぐむ芽を褒めてやる。 樹木医は樹の幹に聴診器をあてて樹の声を聞くと言う。 我が家の植木鉢の木たちは聴診器をあてるほどの太さも無いけれど、せめて何かサインを送ってくれないものだろうか。

伐られた木の事を思えば、残ったどの一鉢も枯らすわけにいかない。
小雪の舞う中で、手探りの水やりが続いている。
これ位でいいですか、と声をかけずにはいられない、椿の固い蕾が少し大きくなったように見えて、凄い、凄いと言わずにはいられない。
カラカラになった葉っぱをむしりながら、ごめんねと謝らずにもいられない。

負けるなミカン、頑張れモミジ。 春はもうすぐだから。
声をかけ続けていると、木に言っているのか自分に言い聞かせているのかわからなくなる。 「頑張れ」が、いつの間にか「頑張ろう」になる。


閑話休題

  1. 2013/02/14(木) 10:43:15|
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震災の少し前、物忘れが気になり始めた母に呼ばれて手渡された何枚かの写真の中に、祖父母と両親と赤ん坊の私が写る一枚がある。どうしても今のうちにと何度も言われた私は、家屋敷の権利書でも渡されるのかと神妙な面持ちでいたのに、これか、と拍子抜けした。母はすこぶる真面目、大切なものだからと何度も言った。その時、わずか数年で母との会話がこうまで破たんするとは思いもしなかった。

家が出来上がり万々歳。住みながらの外溝工事もほぼひと月で終わり、建具が入り、神棚が出来、後はバリアフリーのこの家に母を呼び寄せお正月を共にと思った時に、母の体調はカクンと落ちた。ドミノ倒しのように次から次へと起こる母の混乱。家族は振り回され、なぎ倒され、徒労と敗北感と情けなさの中で、母は狂っているかのようにさえ思えた。

そんな時、あるツイートにくぎ付けになった。「私の大切なもの。1位母、2位友達、3位おしゃけ。」心臓がトクンと音をたて、あの大切な写真の母の顔が浮かんできた。

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ぼんやりと靄のかかってしまった母親の頭の中で、今の私は何歳になっているのだろう。昨夜受話器の向こうで少し怒った母の声は、「仙台に出かけるなら出かけるでちゃんと断らないと」と繰り返す。「女の子なんだから、心配するのは当たり前でしょう」と叱ったり「旅費は持ってるの」と案じたりもする。なだめたり、詫びたりしながら受話器を置く。夕べ母は安心して眠ってくれただろうか。まだ私を忘れずにいてくれることを喜ぼう。あとはこの散らかったドミノを1枚づつ並べ直すしかないのだ。

閑話休題。ほんの2,3週、お休みをするつもりの「玉能回路」は再開までに5ヶ月もかかってしまった。毎週、もしや今日は、と訪ね下さった方に改めてお詫びと感謝をしつつ、週間「玉能回路」再開のお知らせです。これからもまた水曜日に。お読みいただければ幸いです。


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