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玉能回路

週刊「玉能回路」は毎週水曜日更新です。


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夢の中で

  1. 2017/08/23(水) 05:15:19|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0

地下鉄の乗り口を探してウロウロした官庁街
ようやく見つけた券売所で 急げば旧式の記念号に乗れると知らされた

やってきたのは普通の車両だが 乗ってみるとやけに視界が広い
しかも どんどん 山道を下る様に降りてゆく
官庁街の下にこんな大自然があるわけがないと思いながら 
次々と現れる大パノラマに歓声をあげる
あれっ もう紅葉なのだと思った時には 
線路の左右を散策する人も見えた

あっという間に 次は仙台駅だと言われ
3人しかいない乗客の一人が
「下りもいいが なぁに10数分 さっきのところまで戻って
 登りの景色も楽しもうじゃないか」と言ったところで目が覚めた

秋の長雨のような天候が続いているからこんな夢を見るのだろうか

わけあって 通えずにいる 秋保(あきう)の山々が恋しくて 木々の夢を見るのだろうか

ふと思った
トマトや南瓜や小松菜が夢に出てきて 緑黄色野菜が足りませんと教えてくれたり
一升瓶やワインボトルに追いかけられて お酒が過ぎると警告されたり
小人さんが現れて こんな時間に起きていないで 
もっと ゆっくり休みなさい と 眠くなる踊りを踊ってくれたり
そんな 個人仕様の夢もあれば いいのに

あぁ それにつけても 青空の恋しさよ
夢の中の 地下鉄は 地下鉄なのに快晴だった






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学者の夢

  1. 2017/08/16(水) 04:45:21|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
学者の夢はノーベル賞だと言ったのか 
僕の夢はノーベル賞だと言ったのかは 記憶に定かではないが
私が10歳の時 人生で初めて出会った学者こそが彼であり 電気の研究をする人だった
学会の帰り足 我が家に数日逗留して 私の夏休み帳を見てくれたりした

その夏休み帳の書きとりの所に ひろい「広い」という漢字を書いて 何か素敵な話をしてくれたが 忘れてしまった が 私が高校生の時の夏休みには 「偶然は準備のない者を決して助けない パスツール」と 紙に書いて手渡し 再びノーベル賞の話をした
彼は祖父の家の書生で 私の父とは兄弟の様に育ったのだそうだが 「お父さんは努力が足りなかった」「お父さんのようではいけない」と言いながらパスツールの話を繰り返した

私はと言えば 蛙の子は蛙 大した努力もせずに成長し
あまり勤勉でないにも関わらず医者になった父と 美しい母と 寡黙で努力家の書生の青春ドラマのような話も聞く年になった
次の学会は何時だろう と楽しみにしていたが 学者はノーベル賞に届かぬまま病で逝き
 私の元には 記号だらけの彼の論文集が送られてきた
論文集を見るたびに思う

つくづく思う
それぞれ 長い長い人生だが 書こうと思えば たった一枚の原稿用紙に納まってしまう
故人を語る 告別式の喪主挨拶のように





不揃い者(もん)

  1. 2017/08/09(水) 07:44:46|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
東京四谷 鬼子母神の近くに その店はあった
お通しと 鍋と 蕎麦しか 出さない店である
こあがりには  決して立派とは言えない飯台に 
欠けたり ヒビの入った小皿が積み上げてあった

座ると 大皿に 立派な蛸とマグロのぶつ切りが置かれた
ビールや酒で このお通しをつまみ終わるころには 
この店に案内してくれた人の蘊蓄も終了
何でも大きな料亭のご子息が 本当にうまいものを求めて全国を行脚し
辿り着いた結論がこの店なのだという
カウンターには その人らしい白いうわっぱりの人が立つが
お運びさんはみな普段着のおばちゃんである

二品目はヒゲ鱈の鍋
これも ぶつ切りの鱈を薄い塩味のいいおだしでいただいた
めちゃくちゃ うまかった

鍋を食べつくしたころ どんと打ち立ての蕎麦が届いた
打ち粉は払わず 丁寧に具の残りを掬った ヒゲ鱈の鍋に入れて濃いそばつゆで食べる 
冷たいつゆに とろりとした蕎麦 これも 喉がなるほど うまかった

愛想も無ければ 特別なサービスもない
絶妙なのは 鍋が出てきたタイミングと 蕎麦が出てきたタイミングである

食べ終われば さっさと帰れと言わんばかりに 小皿や蕎麦ちょこが片づけられる
靴も自分で下駄箱から出し 会計を済ませて店を出る
ただただ皆で「うまかった~」それしか言葉が出なかった
一年後 ヒゲ鱈の季節とおぼしき時に その店を探したが見つからず狸にもキツネにも化かされたような不思議な気持ちがした

この店を思いだすようになったのは 
我が家の皿小鉢の数が揃わなくなった震災以降である 
何種類かの小皿を重ねてテーブルに置くと
あのヒゲ鱈やの うまさが蘇ってくる
もう一度食べたい いや もう一度味わいたい 時間 空間 不揃い者(もん)である




朝の音々(おと)

  1. 2017/08/02(水) 05:05:16|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
梅雨を引きずるこの時季 夜が明けるあたりから 外はやたらと喧(かまびす)しい
つがいのヒヨドリが鳴き交わすギイギイという声 
ドリル工事が始まったかと思うセミの渾身の叫び 
まだ相手を見つけられない鶯のケキョケキョという必死の声
突然の雨が 屋根を打つ音
牛乳屋の軽トラの止まる音 勿論 牛乳瓶のがちゃがちゃという音
新聞が郵便受けに落ちる音
走り去る 自転車のきしみ

早朝の音たちの出番は決まっていて カーテンを開けなくても 時計を見なくても 
聞いている私は 時をたがえる事が無い

そのあとは どうも いけない
部活の朝練習に向かう中学生だろうか
がらがら 荷物を引いて 地下鉄に向かう人だろうか
車も てんでの エンジンの音 ふと 何時なのかわからなくなる
うとうと トロトロ 二度寝の危険が迫って来る

夢を見た
母も祖母も生きている 叔母も静かに笑っていた
舅(ちち)も 姑(はは)も 生きている
みんな ごはんに 味噌汁なのに 私だけがフランスパンを齧っている

あぁ このまま 夢に落ちてゆく と 思う頃 目覚ましのベルが鳴る

平和な 朝の 始まりである
何ものにも 代えがたい 平和な朝の 始まりである




きっかけ

  1. 2017/07/19(水) 07:59:20|
  2. 週刊「玉能回路」
  3. | コメント:0
フェイスブックを「玉能回路」の更新以外に使わなくなってしばらくになるが
ご親切に 去年の今日は おととしの今日は こんな事をしていましたよ とお知らせが届く

あぁそうなのだと 自分の記憶の曖昧さに驚くとともに もうそんな季節なのだと
マイ歳時記をめくる 良いきっかけに なる

去年の今頃は ジップロックで簡単梅干しを 漬けていた
おととしは ハンナを留守番にして 愛馬と共に 那須の競技会に出かけていた

記憶が戻ってくる
フェイスブックには書かなかったけれど 庭に鉄砲ゆりが咲き
地植えにした何年分かの母の日の カーネションが つぎつぎと 花をつけ
小さなイチゴの植木鉢が ハンナの 最大関心事になり

そんな頃に あった 悲しい別れや
いまさらながら ごめんと 謝りたかった人の顔や
会いたいなぁ 会いたいなぁ 去年も思った 人 人 人

たった 一枚のフェイスブックの写真から
白梅酢の 香りと共に 何にも代えがたい 日常が蘇る






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